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日程
2023年12月21日(木)17:00~19:00
会場
ロームシアター京都 会議室2
〒606-8342 京都市左京区岡崎最勝寺町13ko
講師
飯野由里子(東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリー教育開発研究センター特任准教授)
ゲスト登壇
那須映里(役者/手話エンターテイナー)
進行
兵藤茉衣(株式会社precog バリアフリーコミュニケーション事業部)
概要はこちら
京都市を代表する文化施設、ロームシアター京都内の会議室で行われたこの企画。同日に同じくロームシアターと、その向かいにあるみやこめっせで開催されていたEPADのイベントとも「関連企画」という位置づけで行われていたため、EPADの企画から参加していた全国の公共劇場の担当者も、かなり多く参加されていました。
企画担当でもある兵藤茉衣さんより「どうしてprecogでこのような企画を行うのか」の説明があり、今回のテーマである「合理的配慮」に関する、ちょっとした意識調査のような挙手制のアンケートをとるところから、会はスタート。今企画では、最初から手話通訳が2人体制でおり、会全体を通して、まさに「合理的配慮」の重要性がわかってくる構成になっていました。
第1部では、東京大学特任准教授の飯野さんによる「合理的配慮」の解説が始まります。パッと聞いただけだと今一つ、何を指しているのかわかりにくいこの言葉ですが、英語だと「reasonable accommodation(リーズナブル アコモデイション)」となり、丁寧に訳すと「双方の事情を考えた、理にかなった調整、変更」のことだと言います。
何となく、障がい者の方に対して使われる言葉のような印象がありましたが、元は60年代半ばのアメリカで、人種差別などによって生じる機会の不平等を是正することを目的とした考え方なのだそうです。とりわけ宗教的信条によって、雇用機会を失うことがないように、働く場で当然視されてきた環境や慣習を調整しようという動きがルーツなのでした。この文脈の中に、後から障がい者も含むようになってきたようです。
2024年4月からは、日本でも民間事業者に対しても義務化されるされることにより、舞台芸術関連の事業者も例外なく、「合理的配慮」に努めなければなりません。しかしそもそも、何をどれくらいやらないといけないのかが、とても不安に感じている部分であり、飯野さんはその点をとても丁寧に説明してくださいました。
飯野さんの説明によれば、今後我々がやらないといけないことは、「社会的障壁の除去」。では、「社会的障壁」とは何なのか?「4つのバリア」というのがあって、「物理的バリア」「制度的バリア」「文化・情報面のバリア」「意識上のバリア」を指します。「物理的バリア」は一番わかりやすく、車いすの方にとっての階段などのこと。おそらく現代に生きる我々が一番イメージしやすいバリアだと思われます。「制度的バリア」とは、例えば「目が見えないと医師になれない」と定めた法律のこと。「文化・情報面のバリア」とは聴覚障がいでなくても、音声だと理解しづらい人がいて、字幕をつける、筆談の用具を揃えるなどが整っていないことがバリアに。「意識上のバリア」とは「障がい者はいつも手助けを必要としている」などの先入観がわかりやすい例だと言います。そんなに困っていないのにやたらと世話を焼くのは、障がい者にとってはかえってありがた迷惑なときもあり、それが結果的にストレスとなり、社会から押し出されてしまうことにつながるのだそうです。
初めて聞く言葉、馴染みのない考え方のように感じる「合理的配慮」ですが、実はすでに身近なところでは少しずつ浸透し始めてきていると言います。例えば学校の試験では、文字を認識するのに時間がかかる子のために試験時間を長めに設定しているそうです。また、働き方改革の文脈もあり、保育園の送り迎えがある方の出勤時間を遅らせたり、退勤時間も早めたり、勤務時間を短くすることで、仕事をしやすくする制度などは、既に多くの会社が取り組んでいます。実はこれも「合理的配慮」になるのです。
飯野さんは一般的な話としてこれらの話をしてくれましたが、兵頭さんは「今度は劇場や劇団に置き換えるとどういうことになるのか?」とテーマをわかりやすくしてくださいました。既によく見かけるのが、子育てが忙しく劇場に来られなくなった人のための託児サービス付き公演や、子どもたちが騒いでもOKの回を作るなどの取り組み。これらはまさに「合理的配慮」の一つです。
しかし、これらの取り組みすら、小規模の団体にとってはかなりハードルの高いことでもあります。飯野さんはそこで一つ大きな安心材料をくださいました。それは「無理のない範囲でいい」という条件。障がい者のための変更と聞くと、劇場を改装して、すべての階段をスロープにしたり、手すりを付けたりしないといけないとイメージしがちですが、そこまでやる必要はないのだと言います。最初に話してくださったように「合理的配慮」とは「双方の理にかなった調整」なので、劇場側もできる範囲でいいのです。実際にとある劇場の方からは、「7日間以上ある公演の場合、平日で1公演、土日で1公演に手話通訳をつけているが、今後は毎ステージにしないといけないのか?」という質問がありました。その際にも飯野さんは「毎ステージじゃなくてもいい。ただ、もう1ステージ増やしてみる努力は必要」と回答されていました。しかも障がい者側からの要望があった場合でいいと言います。2024年4月から「合理的配慮」が義務化されるということは、「障がい者からの要望があった際に、それを無視することは“差別”とする」ということが定められたにすぎず、何億円もかけて劇場を改装しなさい、という義務ではないのです。
今回の講義は正しく知ることで「合理的配慮」のハードルを下げてくれたのだと思います。そして、ハードルが下がった分、取り組みに前向きになった方は多かったことでしょう。考え方ひとつ、視野を広げることで、出来ることも増え、多くの人が楽しく生きやすくなるのなら、舞台芸術に限らず、全ての人が取り入れるべき考え方だと思いました。
飯野さんの講義が終了した後のトークセッションでは、ゲスト登壇者の那須さんも、ろう者として、生の意見をたくさん教えてくださいました。例えば、「手話通訳と字幕、どちらがあった方がよりいいか?」という質問に対して、「どっちもあった方がいい。セリフ回しが早いときは情報を削いで手話表現をする時があるし、字幕だけだと演出的な意図が伝わらないことがある」と教えてくださり、とても参考になりました。
また、障がい者のためにと思って、先回りして何かをやるのではなく、障がい者が実際にどうしてほしいのかという声に、しっかりと耳を傾けてほしいとの意見も。例えば手話通訳を無理して全作品につける必要はなく、セリフの音遊びが魅力である作品の場合、手話でその面白さを表現することは時間を要してしまうので、それよりもその時間を使って、手話付加に適したストーリーの作品にもっとたくさん手話通訳を付けてほしいそうです。また、内容を把握しやすいように台本貸出をしてくれる公演では、開演30分前に貸し出されても後半は読めないまま開演してしまうといったお話もあり、改めてどんなサポートが必要なのかは、障がい者自身に確認するのが一番なのだと思い知りました。では、実際に障がい者の話を聞きたい場合、例えばろう者では全国にろう者の協会がたくさんあること、その中でも特に文化に関心の高い人たちがいるグループもあることなどを教えてくれました。同時に劇場側にも観客を増やしたいニーズはあるわけですから、例えば手話通訳付きの公演を増やすことで、ろう者だけではなく、手話を学びたい人、手話サークルの人たちも呼び込めるのだと教えてくださいました。この話も劇場関係者にはかなり響いたようです。
講義の最後では、飯野さんが「どうして社会的障壁は発生するのか?」という学びのために、あるアニメーション(※)を見せてくださいました。そのアニメはニュース番組のパロディで、車いすの方が多数派の世界において、「二足歩行」という障害を持つ人のために何をするべきかという話し合いの様子が取り上げられています。有識者たちの話し合いの結果、飲食店に、最低一つは椅子を置こう、とか、建物のドアの高さを全体的に高くしようといった意見が出されたことをアナウンサーが伝えるのです。この有識者たちは全員車いすの方たちで、「二足歩行」障害について真剣に話し合っているのです。このアニメでは、「社会的障壁」の原因が決して誰かの悪気から起こるのではなく、多数派の意見を優先した結果、つまり社会が“標準”の人に合わせてデザインされているから生じるものなのだとわからせてくれます。
だからこそ、いろいろな立場の人との徹底的な議論、意見のすり合わせが大切で、その先にしか本当の「合理的配慮」が完成しないのだと強いメッセージを感じました。
※このアニメーションは、公益財団法人日本ケアフィット共育機構と東京大学バリアフリー教育開発研究センターが共同で開発したものです。アニメーションの一部は「心のバリアフリー 映像教材 ダイジェスト版」で見ることもできます。
2時間ほどの講義とトークセッションでしたが、とても内容が濃く、学びの多い会となりました。ぜひもっとたくさんの人に聞いてほしいと思える内容で、ハラスメント対策などと同様に、定番の講習として普及させていきたいと感じました。世の中が今よりよくなるきっかけになる、素晴らしい内容でした。
ヘッダー写真:安井一真
レポート:福永光宏