年次シンポジウム2024 【第3部】 「舞台芸術業界が抱える諸課題に我々はどう立ち向かうのか? 〜働き方改革・ハラスメント・合理的配慮に対応する令和の団体成長術を考える〜」

「緊急事態舞台芸術ネットワーク年次シンポジウム2024」(オンライン配信)が2024年12月9日に東京・世田谷パブリックシアター稽古場で開催されました。

 

2020年に新型コロナウイルスによる演劇界の危機的状況を受けて発足し、そこで生まれた横のつながりをもとに舞台芸術業界の豊かな多様性と持続的発展を目指し、国際展開と業界基盤の強化に取り組んでいる一般社団法人緊急事態舞台芸術ネットワーク(以降、JPASN) 。今年度の年次シンポジウムでは、今後の業界発展をリードする視点から、多様性、国際展開、プロデューサーの思い、さらには働き方や人権対応に焦点をあて、全3部構成で議論を深めました。

 

この記事では、その第3部となった「舞台芸術業界が抱える諸課題に我々はどう立ち向かうのか? 〜働き方改革・ハラスメント・合理的配慮に対応する令和の団体成長術を考える〜」をレポートします。

 


【第3部】

「舞台芸術業界が抱える諸課題に我々はどう立ち向かうのか?

〜働き方改革・ハラスメント・合理的配慮に対応する令和の団体成長術を考える〜」

 登壇者(※五十音順)

◎伊藤達哉(ゴーチ・ブラザーズ)

◎小野里大輔(松竹)

◎坂本もも(範宙遊泳/ロロ)

◎仲村和生(ナッポス・ユナイテッド)

◎山浦依里子(アミューズ)

 

まずは進行を担う中村氏から、この場の目的として「JPASNの開催部会で行ってきた議論をもとに、これらの課題にどのように向き合い、現場での改善を進めていくべきか、現代の団体成長術を考え、議論し、次の一歩を探る場にしたい」と伝えられました。加えて伊藤氏からは「JPASNは“政策部会”と“開催部会”の両輪で動いています。政策部会は福井健策先生のリーダーシップのもと、政府協議に参加したり議員に説明に行くなど、他者に対して働きかける部会です。開催部会は自分たちの課題を自分たちでどう解決するかをみんなで学び、話し合っていく。つまり自ら変わり、このことを持ってどう社会とコミュニケーションを取り、より良い業界にしていくかという部会だと思います。至らぬことや、まだそんな議論をしているのかと思うところもあるかもしれませんが、少なくともいま業界を挙げてこのような課題に向き合っているという姿勢だけでも伝わればと思っています」という挨拶がありました。

 

◯ハラスメント防止への取り組み

 

タイトルに挙げられた3つのテーマのうち、最初に議論されたのは「ハラスメント」について。現在では性的・精神的なハラスメントが社会的に認知されるようになり、舞台芸術業界に限らず各企業や団体は、これを防止するためのガイドラインの策定や研修の実施が義務付けられています。義務であるかないかに関わらず、ハラスメントの根絶は、職場での信頼関係を築き、健全なコミュニケーションを促進するうえでも極めて重要な課題ですが、JPASNではその取り組みの一環として、2024年5月に「舞台芸術におけるハラスメント防止ガイドブック」を作成・公開しました。

 

このガイドブックの制作の過程や内容について、ハラスメント対策PT長である坂本氏から「まず、ハラスメント防止にどう取り組んでいくべきか議論を重ねていく中で、JPASNのようなたくさんの組織が加盟しているネットワークにおいて、ひとつ“このルールを守りましょう”というようなガイドラインを設定することは難しいだろうと考えました。だけどなにか、これを読めば対策が取れるもの、我々プロデューサーたちが現場を作っていく中で参考になるものを集め、それを参照しながらより良い創作環境を作っていけるような資料を作ろうと、ガイドブックを発行することになりました。内容は、まずは知識としてハラスメントを正しく理解すること。次に、具体的にプロデューサーたちが何をすれば防止につながるのか、残念ながらハラスメントが起きてしまった時にどうするべきなのかというような実践的なこと。そして、どうして演劇の現場はハラスメントが起きてしまうのかや、創作環境を良くするための参考例、それはハラスメントの本質とは少し異なるけれどもジェンダーの知識を身に付けることだったり、契約について学ぶことだったりといったもの。それをまとめたのがこのガイドブックです」と紹介しました。

 

作ったのが“ガイドライン”ではなく“ガイドブック”ということについて、同じく坂本氏は「ガイドラインは“守らねばならぬもの”というある種の強制力があります。悲しいかな我々の組織ではそれができないので、ガイドブックとなりました。ただ実際、開催部会やPTで議論する中でも、それぞれに意識の違いや知識の差があることを実感しました。いま演劇界で起きているハラスメントについても、例えば私は小劇場と言われるフィールドで活動していますが、そこでの告発などはSNSを通して起こることが多いので、SNSのアカウントを持っていない人はシンプルにそのことを知らない。苦しんでいる人がようやく声を上げてきたこと自体を知らないんだ、という現状がありました。なのでガイドブックというカタチで、まずは“知る”ところから始めたい。まだそこか、ということではあるのですが、変えていく責任はプロデューサーにあるわけなので、ということを強調してガイドブックを作ったのを記憶しています」

 

発行後の反響は大きく、小野里氏は「ガイドブックが現場などで利活用されることでライブエンタテインメント業界のハラスメントに対する意識がより深まることは、作り手側としては非常に嬉しいことです。ただ、現在のバージョンが完成版だとはPTメンバー誰も思っていません。これを徐々にアップデートしていくことが、次のステップとして課せられたミッションなんだろうと思っています」と話し、現在も取り組みを進めていることを強調しました。

 

また各現場の実感として、近年は稽古開始前にハラスメント講習などを実施するカンパニーは増えていますが、山浦氏は「弊社では2023年頃からハラスメントにまつわる講座を出演者とスタッフとで受けるようにしているのですが、各カンパニーで実施しているため、だんだんと初めて講座を受ける役者やスタッフが少なくなってきています。なので準備する側としては、講座の内容のアップデートが今後必要かなと感じているところです」と課題を話しました。

 

そのような“次のステップ”に関して坂本氏は「最近はいろんな劇場さんがガイドラインを出すようになったり、講習会を入れるところも多くなっているという実感があるのですが、それでもまだまだ無関心な層は無関心のままいられてしまう。今後はこのガイドブックをどう周知できるか、そして活用していただけるかということ(に取り組みたい)。そして内容に関しても、ハラスメントは状況や環境によって実体が変わっていくものだと思うので、その実態に合わせたカタチをPTメンバーもインプットしていきたいです。現在は海外の事例を学ぶ勉強会なども計画していますが、やってもやっても完全に防げる自信ができるということでもない課題なので、アップデートしていくということがやはり重要だなと思います」と話しました。

 

 

◯働き方改革への取り組み

 

2018年7月に公布され、2019年4月より順次施行されている「働き方改革関連法」。舞台芸術業界全体での対応が必要とされるこの法案を受け、JPASNでも2024年2月から「ワーキングイノベーション準備会」を設置しました。現在は、対応のアジェンダづくりに励んでいます。準備会のリーダーである小野里氏は「非常に難しい問題であると認識しています」と前置きをしながら、現在の取り組みとして「JPASNには200社以上の加盟団体がいますので、事業の規模であったり活動のジャンルであったり状況によって働き方が変わってくるのではないかとも思います。ですがここでは、会社の規模や、会社の中でのポジション、経営陣なのか中間層なのか新人なのかなど、そういったことを問わず、みなさんの知識をヒアリングして、働き方に関する“知の集約”を作ろうとしています。現在はそのための質問項目などを吟味しているところです」と進捗が報告されました。

 

働き方改革に関しての現場の実感についてそれぞれの現場について尋ねると、山浦氏は「社内としての動きで言うと、弊社は2024年10月にアミューズから(舞台の企画・製作・上演部門が)子会社化をしまして、アミューズクリエイティブスタジオになったのですが、そのタイミングから働き方がフレックス制になりました。コアタイムなども設けず、業種に合わせた勤務時間で勤務をしています。また公演としての動きで言うと、私は制作の現場によくつくのですが、なるべくシフト制にして複数人でローテーションを組むようにしています。ただやはり稽古が佳境になったり仕込み中になると、そこも崩れていくのが現状です」、坂本氏は「自分を含め育児をしている人が参加しやすいように、昼間の時間帯に稽古をし、なるべく夜遅くまでやらず、オフも適度に入れる、ということを最初に提示しています。あとは制作者が最初に来て最後に帰る、みたいな慣習的な部分も変え、掃除はみんなでするとか、居残り稽古をしたい人に制作は付き合わず本人に鍵を閉めて帰ってもらう、というようなことを、みんなで話し合って決めています。ただやはり俳優のケアをするとなるとスタッフにしわ寄せがいくというのはあります。結局スタッフはオフの日に作業をし、プロデューサーは一興行終わるまで休みはない、ということになってしまう。ここは引き続き課題になっている気がします」など語り合いました。

 

これらの話の終わりに仲村氏が「自分の話で恐縮ですが、僕はすごく働きたいほうなんです。一番働いていた時は年間15、16本プロデュースしていた。そうなると稽古も本番も打ち合わせもない日は年に4日くらいだったけど、当時はそれよりもやりたい気持ちが大きかった。(働き方改革により)そういう人は排除されてしまうのかということは心配」と明かすと、小野里氏が「働き方に対するアプローチとして私自身が心の根っこに持っているのは、“働きたい人は働ける、休みたい人は休める”、つまり個々の意思で働き方がチョイスできるのが目指すべき世界だということ。理想論かもしれないけど、僕はこの準備会でそれを目指していきたいなと思っています」と答えました。

 

◯障害者差別解消法改正関連への取り組み

 

2021年に障害者差別解消法が改正、2024年4月1日に施行され、事業者による障害のある人への「合理的配慮の提供」が義務化されました。JPASNでもそこへの取り組みとして、2024年9月に「ダイバーシティサポート準備会」を設置しています。走り出したばかりの取り組みですが、リーダーの山浦氏から「現在は、準備会のメンバーでこれまでに行った対応など事例の共有や、字幕や音声ガイドを作ってくださる協力企業の共有などをしている段階です。まだ、どうアウトプットしていくかというところまで辿り着けてはいないのですが、手引書のようなもので現場に還元をしてければなと思っています」と報告がありました。

 

現状、各社の現場ではどのような取り組みをしているのかについて、山浦氏は「ミュージカルの公演でタブレット端末を使った同時配信の字幕提供を行いました。点字資料も準備し、あらすじだけでなく、登場人物がどんな衣装を着ているのかや舞台上ではどのシーンでどのような道具がどこに出てくるかなども記載しました。そのほか、台本の事前貸出はデータや紙での提供を行っています」、仲村氏は「以前、ろう者の方から『口が読める人も多いので、口が見える席をあけておいていただけるとありがたい』と聞き、それを参考に前から3列目、4列目をあけるようにしています。そうすると、口の動きもそうですが、足音の振動や音楽の振動、人の熱量も伝わります」、歌舞伎製作室に所属する小野里氏は「馴染みのない方にとって歌舞伎の台詞は何を言っているかわからないというのはよく言われることなので、我々はイヤホンガイドを活用しています。かつては日本語の字幕ガイドをやっていたこともあるのですが、どうしても視線が(字幕ガイドと舞台を)行ったり来たりすることになり、お芝居への没入を減退させてしまうことがある。字幕は、合理的配慮の取り組みのファーストステップとして良い策だと思うのですが、それをどう演劇に寄り添わせていくかは課題のひとつですね」と話しました。

 

また、EPAD × THEATRE for ALLの取り組みで、自身がプロデューサーを務める公演の日本語バリアフリー字幕・日本語音声ガイド・日本手話+日本語バリアフリー字幕付き配信を実施した坂本氏は、その音声ガイドの作成検討会に参加した経験を振り返り「視覚障害のある観客の方と一緒に映像を観て、音声ガイドの内容を一緒に検討して修正していく作業だったのですが、視覚障害のある方が笑ってくださったり、おもしろいと言ってくださったりして、伝わるのだなということは気づきでした。そして同時に、彼らを観客としてちゃんと想定できていなかった自分がすごく恥ずかしいと思いましたし、申し訳なかったと思いました。自分が意識していなくても、彼らを観客として想定していないということは、結果的に障害がある方を差別しているという構造だと今さら改めて感じました。できることから改善していかなければいけないと思います」と明かしました。

 

 

◯3つのテーマの後に

 

その後のセッションでは伊藤氏が「JPASNはコロナ禍を克服しようと集まったメンバーですが、その時期を経て、今は顕在化した3つの課題と向き合っていかなければいけない」と存在意義を語る中で、「我々はコロナ禍で“不要不急”と言われた。これは、不要不急と言われたことそのものより、それに対して国民が『そうだね』と納得していたことを省みなければいけないと思う。だからこそ、ここで(この課題と向き合う中で)どう社会と向きあいコミュニケーションを取っていくかは、次の成長にマストなんだと思います。小さいカンパニーはカンパニーで大変だし、大手は大手で大変だと思うんですけど、業界としてそことどう向き合うのか。そういうことを、みなさんの話を聞いていて改めて思いました」と話します。それを聞いた仲村氏は「これまでは自分のところの顧客と社員とスタッフだけに目を向けて対策を考えていたけれど、ネットワークの発足によって、ネットワーク全体や業界全体に向けて考えざるを得なくなった。実際そういう気持ちでやっています。まさに一人ひとりのところから全体に向かっているのだなと感じます」と、JPASNが生み出した連帯の効果を語りました。

 

その後、オンラインで寄せられた質疑への回答が行われ、「働き方改革、ハラスメント、合理的配慮の次にJPASNで取り組もうと思っているものがあれば教えてください」という質問には伊藤氏が「環境に配慮した創作」などを挙げ、「開催部会ではその都度新しい議題が提供されています。第一部で話した、我々の業界自体がもう少し観光と接点があったほうがいいんじゃないかということなどは、業界を挙げて取り組むべきことだと思っています」と答えました。最後に登壇者が感想を語り、仲村氏が「できることはまだある。ネットワークの横のつながりを通じて、より強い結束で、この大きな課題に立ち向かっていければ」と話し、シンポジウムは閉会しました。

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