特集「韓国ミュージカル支援政策の現状」第4回/全4回

韓国のミュージカル政策から学ぶ、日本の舞台ネットワークのこれから|伊藤達哉氏インタビュー

 

 

2024年6月に、韓国のミュージカルの海外輸出や投資誘致を助ける「K-MusicalMarket」の第4回目がソウルで開催されました。日本からは緊急事態舞台芸術ネットワークの加盟団体数社も出席。韓国のミュージカル30本のプレゼンテーションを見ました。

「衝撃を受けた」と言うのは、参加者のひとりである伊藤達哉さん(ゴーチ・ブラザーズ代表、緊急事態舞台芸術ネットワーク事務局長)。

いま、韓国ミュージカルはどうなっているのか、これからどうなっていくのか。日本はなにを学び、活かすことができるのか。6月の滞在を振り返りながら、伊藤さんにお伺いしました。

 

「K-Musical Market 2024

K-MusicalMarketは2021年からスタート。2024年は6月18日〜22日、ソウル市の演劇の街・大学路の劇場「CJアジト大学路」「リンクアートセンター」などを会場に開催された。日本、中国、台湾、イギリス、アメリカ、スペイン、サウジアラビアなどからミュージカル関係者が来韓。そのほか投資家や専門家なども集まり、作品開発、版権契約、投資誘致、育成システムなど情報交換を行った。各国のミュージカル事情をデータとともに伝えるカンファレンスや海外進出の事例を伝える特別講義のほか、完成作のプロデューサーズ・ピッチングに12作品、準備作のクリエイターズ・ピッチングに10作品、ショーケースに8作品が披露された。

 

取材・文:河野桃子

 

 

◯「韓国では若いプロデューサーが語る」という衝撃

 

――率直に、今回韓国に行かれていかがでしたか?

 

観光で訪れることはあっても、ミュージカルシーンとして何本も観たのは10年以上ぶりでした。前回の2010年当時も、韓国のミュージカルには圧倒されたんです。100席ほどの小劇場で本格的なミュージカルを上演していたことに驚きました。すでにインバウンド向けに考えられたコンテンツも多く、あるパフォーマンスでは6カ国言語に対応した字幕で上演していたことが印象的でした。英語だけでなく東南アジアの言語の字幕もある。それなのに、そこまで観客が入っていたわけではなくて……。もしかしたら公的な支援をうけて字幕を入れていたのかも知れませんが「韓国は国として舞台芸術に力を入れているんだな」と衝撃を受けて帰ってきました。

それがさらに推進されるようになり、今では「K-MusicalMarket」として日本から何人もの人たちを滞在させて直接売り込むということを政府主導でやっている。韓国政府の本気度を強く感じました。もちろん韓国の経済成長もあるでしょうけれど、コンテンツに対して力を入れてきた積み重ねがあるなと思います。

 

――韓国政府は、映画やアイドルなど、国をあげて文化に投資をし、世界のトップといえるアーティストやコンテンツを生みだしてきました。ミュージカルにもまた政府として力を入れ、実際に海外でも多数上演されています。とくに海外に韓国ミュージカルを売り込む場である「K-MusicalMarket」について、どのようなところに魅力や勢いを感じたんでしょう?

 

正直に言うと、作品そのものよりも、その仕組みやそこにいる韓国のプロデューサーたちに感銘を受けたんです。プロデューサーだけでなく、若いクリエイター達が自分の作品を自らプレゼンしている。日本ではなかなか見られないですよね、それが衝撃でした。完成作品と未完成作品があるのですが、完成作品の場合はプロデューサーが、まだ完成していない作品についてはクリエイターがプレゼンするケースが多いようでした。作家と音楽家のコンビが緊張しながら「こういう物語で、こういう曲です。私は歌えないんですが…」なんて説明して、キャストが出てきて一曲歌ったりする。そんなプレゼンを、各作品15分+質疑応答で30本近く行います。その場で質問を受けながら投資や出資を募るという。優秀作品は海外進出の後押しが得られます。作品のアイディア段階から世界に出ていくという仕組みがある。若いクリエイターにとっては夢がありますよね。

 

 

――作品をまるごと買うパターンもありますが、韓国の作品を日本の俳優が上演する形も多いですよね。いろんな可能性があります。

 

そうですね。しかもプロデューサーもクリエイターもみんな若いんです。おそらく30代がメインでした。ミュージカルの学校がしっかりしているのが大きいかもしれないですね。

 

――大学を卒業した段階である程度の技術レベルがあるということですね。そして、こういった作品を国外市場に自分で売り込む機会がある。

 

日本にはない状況ですね。日本には、このようにピッチ(※短いプレゼンテーション)をする文化はない。たとえば、新作のオリジナルミュージカルについて、日本の大きな興行会社のプロデューサーが公の場に出て語れるだろうか、と思います。どこか日本の制作者としては「制作者は一歩控える」というマインドセットがあるので……作品についてはもっぱらクリエイターに語ってもらってきました。でも本当にそれでいいのか、と。制作者・主催側がパブリックに発信することが足りないんじゃないかと思いました。

もうひとつ、1on1のビジネスミーティングが組まれていました。その場では、先ほどプレゼンしていた若い作家や、制作会社の若いプロデューサーが、一生懸命日本語に訳してプレゼンをしてくれたりするんです。そうなると、作品そのものもさることながらその人に興味がわいてくるんですよね。もしその作品が合わなくても「別の作品はどうかな?」とか「なにか新しく一緒にやらない?」と思うし、「もしかしたらうちより○○社さんのほうがいいですよ」と紹介したくもなる。それこそが人が人と会うという大切な場をつくる、まさにネットワーキングの醍醐味なんだなと思いましたね。

 

1対1で世界各地で活動するプロデューサーと話ができるビジネスミーティング。来韓したプロデューサーには全員に通訳がつく。(芸術経営支援センター提供)

 

――期間中、ピッチや1on1以外にもさまざまな形式でのプログラムが開催されていました。

 

初日の昼には各国の演劇シーンを参加者に伝えるようなカンファレンスがありました。ほかにも1作40分ほどのショーケースがありまして、『ファンレター』などクオリティの高い人気作のほか、『西便制─風の丘を越えて─』は印象的でしたね。韓国の伝統的な口承文芸・パンソリが使われていて、歌い手の方が素晴らしかったです。日本でいうと歌舞伎俳優が登場したような、伝統芸能が現代ミュージカルに出てきた時の強さは、ぐっと心にきました。とても印象に残っています。

 

米コネチカット州のグッドスピード・ミュージカルズからアーティステックディレクターのドナ・リン・ヒルトン氏が登壇。製作作品のほか、芸術教育やクリエイター育成の事例も紹介した。(芸術経営支援センター提供)

近年、ミュージカル人気が急上昇中の台湾。K-MusicalMarketではC-Musicalの代表、チャン・シムジャ氏が登壇し、流ちょうな韓国語で台湾のミュージカル状況を語った。(芸術経営支援センター提供)

韓国ならではの題材でヒットした『スワッグエイジ:叫べ、朝鮮!』のショーケース。(芸術経営支援センター提供)

 

 

夜にはネットワーキングナイトという交流会があって、韓国や日本や欧米のみんなが通訳を介して話す場がデザインされていたのも良かったです。海外との交流もさることながら、参加している日本人同士でランチもご一緒するのですが、日本ではなかなか接点がないような大手の制作会社の人同士が同じテーブルを囲む機会もあって……全体として、もう大収穫でした。

 

 

◯日本の演劇界の未来を変えるための可能性

 

――日本にも「K-Musical Market」のような海外発信を後押しするための場があれば、より発展する可能性はあるでしょうか。

 

韓国は、国が「輸出しよう」と本気で思っているんですよね。もしかしたらミュージカルではない作品をつくる演劇人にはこの施策に対して批判的な人もいるだろうと推測します。国が公募をして、特定の作品を選んで、国外に売り出すことの是非はあるでしょう。

けれども現地で台湾の方に言われたのが、「日本の舞台には多様性があるところがすごい。それは韓国では生まれない」と。日本のミュージカルには人間の苦悩を描く作風があったり、ミュージカルのように大規模でなくてもたとえば岡田利規さんのように世界に通用する作品をつくったりと、いろんな作品がある。そういうところに、日本ならではの可能性がある、と。

もちろん日本の政策として舞台芸術の可能性に取り組んでほしいですが、日本には民間だけで脈々と作ってきた豊かな土壌があるのも確かなので、完全に韓国を真似するのが良いとは思わないんです。たとえば日本の武器としては、世界的に受け入れられているアニメ文化がある。これを伝統芸能や舞台芸術にどう活かしていくかという問いはありますよね。日本が生んだ2.5次元舞台についても、最近だと『進撃の巨人』がアメリカで評価されていますが、海外の観客が何を求めているのか。作り手もふくめて戦略を立てていく必要があるでしょうね。

 

――海外進出については、大規模な興行だけでなく小劇場にも同じ課題を感じていますか?

 

そうですね。日本の演劇界がやってこなかったことで、なにか未来を変えるとしたら、そこに可能性があると思うんです。必ずしもピッチのような形態がいいのかはわからないですが、制作者が自社の作品・自分の作品を語る場はきちんとあった方がいい。今、緊急事態舞台芸術ネットワークでは、エジンバラ演劇祭などで日本の作品をショーケースのようにプレゼンする場をつくろうと考えています。興行として見込める作品も、規模として動員数は厳しいけれど日本オリジナルという強みが評価されている作品も、どちらもです。

 

――営利だけが目的ではないということですね。

 

まずプロデューサーがピッチのように語ることが大事だと思っています。プレゼンだって日本語でいいんですよ。「K-MusicalMarket」でも韓国語で堂々と語られていて、それでも熱はちゃんと伝わってくる。日本語ででも自信を持って日本の演劇の特色や作品の魅力をプロデューサーたちが発信すること、まずはこれをやるべきだと思いました。

 

スペインのジェイミー・サンチェス氏によるグローバルピッチング。サウジアラビアのソハ・カーン氏と「スペイン及び中東市場の動向」について解説した。(芸術経営支援センター提供)

 

その先にちゃんと海外で作品が買われる事例をつくるという目的があるので、そのためのネットワークや場を作っていく予定です。日本のネットワークの共有知としていく。

そういった発想の根源は、やはり今回の「K-MusicalMarket」で見聞きしたことがありますね。韓国の文化戦略として、ミュージカルの経営を支えるための制度がある。翻って日本はどうかと考えると、国が無策で日本の事業者が敗れていっていいのだろうかと危機感を持っています。隣の韓国には、ミュージカルや演劇で飯を食おうと夢を持っている若者がいっぱいいる。そしてその希望を持つことができる。そういった状況を目の当たりにして、日本でも法制度として文化芸術を後押しして循環させていくことの必要性と可能性を強く感じています。

 

ビジネスミーティングでナインジン・エンターテインメントの若手プロデューサーと話す伊藤達哉氏(芸術経営支援センター提供)

各国から集まったミュージカル関係者たち。ショーケースが開催されたリンクアートセンターにて。(芸術経営支援センター提供)


 

伊藤達哉(いとう たつや)

 

有限会社ゴーチ・ブラザーズ代表取締役。早稲田大学在学中に阿佐ヶ谷スパイダースの制作代表として活動を開始。2004年に劇団制作部を法人化、有限会社ゴーチ・ブラザーズを設立し代表を務める。一般社団法人日本2.5次元ミュージカル協会理事、NPO法人ON-PAM理事、桜美林大学非常勤講師。

 


 

特集「韓国ミュージカル支援政策の現状」

 

第1回 韓国ミュージカルの発展を支える公共支援の全貌を探る|演劇評論家パク・ビョンソン氏インタビュー

第2回 財団法人芸術経営支援センター(KAMS)の機能と意図|公演事業本部公演流通チーム主任オ・ジェベク氏インタビュー

第3回 『マリー・キュリー』への支援例と今後の展望|ライブ社カン代表インタビュー

第4回 韓国のミュージカル政策から学ぶ、日本の舞台ネットワークのこれから|伊藤達哉氏インタビュー

No items found.
インタビュー
広報事業
2024年度

期間
開催地
会場
公式サイト
備考