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特集「韓国ミュージカル支援政策の現状」第3回/全4回
韓国オリジナルミュージカルの海外進出の成功例といえば、まず『マリー・キュリー』があげられる。ノーベル賞を受賞した科学者、マリー・キュリーの生涯にフィクションを加えた物語で、韓国内での成功に続き中国、日本、英国、ポーランドへと進出している。スタートは2017年。支援事業に応募された台本をライブ社が磨き、海外進出にふさわしい作品へと育てあげた。韓国オリジナルミュージカルの先駆者でもあるライブのカン・ビョンウォン代表に海外進出の流れを聞いた。
取材・文:田窪桜子
――ライブは2013年、『チョンガンネ』で日本初上陸、以来昨年12月には東宝で『ファンレター』が上演されるなど日本でもおなじみの会社ですね。海外進出への経緯とターニングポイントについておうかがいします。
まず簡単にライブの始まりをお話ししますね。K-ミュージカル発展の核となるような作品を全世界の観客に向けて創作していくのが、弊社のビジョンです。ただ、まずは韓国内の市場が大事。観客に受け入れられるウェルメイドなミュージカルコンテンツを目指したことが、グローバル化につながりました。
――カン代表はプロデューサー志望だったのですか?
実はソウル芸術大学の劇作家専攻出身です。放送の脚本など舞台以外のところで経験を積んでいました。2011年、舞台コンテンツが世界に広がっていくだろうと、ライブを設立しました。海外進出の最初のきっかけは2013年、ワタナベエンターテインメントが『チョンガンネ』を本多劇場でライセンス上演したことです。次に六本木のアミューズ・ミュージカルシアター(旧六本木ブルーシアター)で韓国人俳優版を上演しました。2013年はライブ社にとって画期的な年となりました。
――そこから約10年。『マリー・キュリー』を例に海外進出のステップを教えてください。
最初は2017年の新進ストーリー作家育成支援事業「GLOCAL MUSICAL LIVE」です。ここに台本のみ応募がありました。劇作家や作曲家から70から100本の応募があり、そこから6本を選びます。この支援事業は選ばれた素材を、まず韓国内のお客様向けに作り、それが成功することでグローバル市場を目指すものです。グローバルという言葉がついていますが、最初から海外市場で当たるようにつくるということでありません。例えば近年の韓国発のドラマでわかるように、韓国の人たちが面白いと思う韓国ならではの素材で作ったものが共感を得て、世界各地でヒットしている。海外向けということではなく、大事なのはクオリティを重視することです。
――『マリー・キュリー』はまず台本が選ばれたのですね。その次は?
韓国芸術文化委員会(ArtsCouncil Korea)が行っている公演芸術創作産室「今年の新作」の3本のうちの1作にも選ばれて2018年、ライブでリーディング・ショーケースを実施し、続いて大学路の小さい劇場でトライアウト公演をしました。本公演でも引き続き制作費の一部はそこから支援が出ています。
――最初の反響は?
実は、ドラマの展開に対する台本への賛否両論と、音楽に対する賛否両論がありましたが、私たちは可能性を感じたんです。大劇場向けの内容でしたが本公演に進むには勇気が必要です。2020年の初演は中小規模の忠武アートホールのブラック(約300席)で上演しました。その反応がすごく良かったので、その年に弘益(ほんいく)大学大学路アートセンター(約700席)で再演しました。この再演で韓国ミュージカル・アワードの5部門(大賞、プロデューサー賞、脚本賞、作曲賞、演出賞)を受賞しました。
――そこから海外進出がスタートですね。
実は、2019年、芸術経営支援センター(KoreaArts Management Service)が上海で開催したK-MusicalRoadshowのショーケース作品にも選ばれ、海外へと具体的に動き始めました。
――韓国も日本と同様、ミュージカルの観客は女性が多いですね。女性が主人公の作品を創作することは冒険ではなかったですか?
主人公は2回ノーベル賞を受賞しているよく知られた人物です。また、女性の科学者がほとんどいない時代に、偏見と差別、そして逆境を打ち負かしていく姿や、科学とどうやって共存していくかというメッセージは、どの時代、どの国にいても通じる普遍的なもの。作品を開発する過程で、そういう普遍性が見えてきて、社会的なテーマとともにグローバルの競争力をつけられると検証していけました。
――マリーの故郷のポーランドでの展開を教えてください。
ポーランドでマリーは英雄ですよね。すごく緊張したのですが、非常に好意的な反応でひと安心しました。2021年、ワルシャワで開催された韓国文化週間行事で収録映像の上映をしたところ、付帯イベントとして博物館展示会やミニ・コンサート、フォーラムなどができて文化交流に繋がっていきました。2022年にはワルシャワ・ミュージック・ガーデンズ・フェスティバルに招待されグランプリを受賞しました。一か月間1日1本の作品を紹介するもので、韓国ミュージカルとして初めての受賞。感慨深かったです。
――次はロンドンですね。
2022年、K-MusicalRoadshowのロンドンで上演するショーケース作品に選ばれ、ハイライト・シーンを披露しました。そこからロンドンへの展開がはじまり2023年11月には、全幕のショーケースを上演しました。
――そして、2024年のロンドン公演です。
ロンドンには劇場がたくさんありますが、まずは堅実な方法を選びオフ・ウエストエンドのチャリングクロス劇場(約260席)で64回の限定公演をしました。有料観客は76%。8回のプレビュー公演は全公演満席になりました。ロンドンではミュージカルの祭典「ウエストエンド・ライブ」などがあるのですが、そこで『マリー・キュリー』のナンバーの披露と宣伝ができたのも成果になりましたね。プレスナイトには70以上の媒体が集まってくれました。オフ・ウエストエンドを対象にした「オフィス・アワーズ」で作品賞と女優賞にノミネートされたのも意義深いです。そういった意味でも成果はあったと思います。
――ポーランドではどういった支援がありましたか?
韓国芸術委員会の支援事業として一部出ていますが、ほとんどがライブの持ち出しでした。あとは、現地の韓国観光公社と韓国人コミュニティの公的な機関が動いてくれました。
――お話を聞くと、会社としての賭けもあったようですね。
韓国には確かにいろいろな政府の支援があり、最初の一歩には非常に大きな力になります。しかし、民間企業自身も努力していくことが今後のポイントだと思っています。ライブは、海外進出のリーディングカンパニーとして、最初にお話ししたビジョンをもとに努力し、経済的にも投資もしています。それが『マリー・キュリー』につながりました。2023年〜24年は韓国6都市でツアーを実施しましたし、2026年にはポーランドで現地の俳優による上演が予定されています。日本での再演も視野にいれています。
――ほかの作品の展開もお話しください。
グローバル進出の要に考えているのは『ファンレター』です。2018年、台湾の国立劇場で韓国の俳優たちで『ファンレター』を上演して全席完売になりました。以降、台湾、中国市場にライセンス上演の流れができました。2023年には、ウエストエンドのアジア系の俳優でショーケースを行いました。2024年は日本で東宝さんが丁寧に作ってくださいました。実は『ファンレター』は2023年の中国の全ミュージカル公演で、動員数第4位になりました。中国のミュージカル・アワードでは最優秀ライセンス作品賞を『オペラ座の怪人』と並んで受賞しました。作品性と興行性が中国で検証されたと感謝しています。
――海外市場が広がっていきますね。
『ファンレター』は3〜5年計画でウエストエンド進出を考えています。実はライブでは、バラエティーに富んだミュージカルをつくっているんですよ。2024年11月の台湾でのK-MusicalRoadshowでは『野球王 マリーンズ』を紹介し、すでに台湾でライセンス上演が決定しています。『テコンドー、舞い上がれ』は英国と合同制作でエディンバラ・フェスティバルに行く話が進んでいます。『マリー・キュリー』だけではないんです。作品を売り出していくと同時に、目指さなくてはならないのが作品開発です。「ライブは欧米圏に進出したからアジア市場をおざなりにするんじゃないか」などと言われますが、アジア市場もすごく大切。中国で『マイ・バケット・リスト』は8都市、『ファンレター』は15都市で上演しています。10年後、ミュージカル市場は東南アジアにも開かれていくと思うので、アジアは成長する以外ない。そのために作品開発が大切なのです。
――自国のIP(Intellectual Property/知的財産)開発の話もよくされていますね。
中国や日本のプロデューサーに会うたびに話すのですが、各々の国が持ってるスーパーIPというのがありますよね? そのスーパーIPでミュージカルを共同制作して、アジア市場で検証し、英米圏に持っていくというのが理想的じゃないかと思います。ロンドンで『千と千尋の神隠し』を見ましたが素晴らしかった。原作のIPが強いので、字幕を見ながらでも2300人が一緒になって笑ったり泣いたりしている。MD(Merchandising)も、日本から持ってきたグッズを現地の人が列をなして買っていく。劇場のパブで「ハクのおにぎり」をほおばっている。日本文化を伝え、劇中の実体験ができる場がロンドンの劇場にできていて、衝撃でした。その功績はとても大きいです。
――ライブの今後のビジョンは?
客層を広げる作品をつくっていきたいというのがまず一番ですね。次に、グローバル企業としての中国や日本のパートナーの会社と合同開発や交流です。クリエイターたちの交流や俳優の交流イベントもやっていきたいです。韓国では、ライジング制作会社とかライジング・プロデューサーという言葉が定着し、皆、早く進出したい、早く成果を残したいっていうんですね。しかし、海外進出というのは、時間をかけずにはできないものです。その「待ち」ができる会社がなかなかない。見境なく作品が買われていって作品のクオリティが落ち、興行的に振るわないとなると韓国オリジナルミュージカル全体のブランドイメージが下がる。そこを考慮するのも大事。そのためには、海外進出した作品の公的な検証も必要だと考えています。
――最後に、ライブの新作についてお話しください。
2025年2月に、ハングルを学べなかったおばあさんたちの実話をミュージカル化します。おばあさんたちが夜間学校に行って文字を勉強して自分の名前を初めて書けるようになって、詩を書いたんです。その詩をモチーフにしたミュージカルです。私は、フィールドが広いミュージカルをつくりたい。ある一定のいわゆるマニア向けの作品ではなく、広い年代、男女関係なく感動ができるような素材を探してつくっていきたい。
ミュージカルは何より楽しくなくちゃいけない。そして、見終わって暖かい気持ちが持てる作品を目指していきます。
カン・ビョンウォン ライブ㈱代表及びプロデューサー
韓国・大学路にて数々の名作を生み出し、観客に愛されている。
『チョンガンネ』、『マイ・バケット・リスト』で頭角を現し、ミュージカルクリエーターの発掘から韓国内公演、海外進出までを行うミュージカル公募展『GlocalMusical Live』を2015年から開始。この公募展から、のちにライブ㈱の代表作となる、『ファンレター』、『マリー・キュリー』、『アーモンド』等が生まれた。
『マリー・キュリー』にて、2021年韓国ミュージカル・アワーズのプロデューサー賞、大賞を受賞。2004年には、同作で英国進出を果たす。
その他にも『ランボー』、青少年向けミュージカル『テコンドー、舞い上がれ』、『野球王マリーンズ』を発表し、精力的に活動している。
特集「韓国ミュージカル支援政策の現状」
第1回 韓国ミュージカルの発展を支える公共支援の全貌を探る|演劇評論家パク・ビョンソン氏インタビュー
第2回 財団法人芸術経営支援センター(KAMS)の機能と意図|公演事業本部公演流通チーム主任オ・ジェベク氏インタビュー
第3回 『マリー・キュリー』への支援例と今後の展望|ライブ社カン代表インタビュー