特集「韓国ミュージカル支援政策の現状」第2回/全4回

財団法人芸術経営支援センター(KAMS)の機能と意図|公演芸術本部公演流通チーム主任オ・ジェベク氏インタビュー

 

 

韓国発のオリジナルミュージカルが、続々と欧米や中国、台湾でショーケースを実施している。目的は韓国産ミュージカルの“輸出”。その背景には、(財)芸術経営支援センター(KoreaArts Management Service=KAMS)の積極的な支援策がある。

ソウルに世界中からバイヤー(舞台プロデューサー)を招き、自国のミュージカルを売り込み交流をはかる「K-MusicalMarket」。海外へ出向き作品を紹介、現地のバイヤーへプレゼンする「K-Musical Roadshow」。いずれもこの数年で大きな成果を上げている。どのような支援を、どういう目的で実施しているのか、同センターでミュージカルを担当する公演芸術本部公演流通チーム主任のオ・ジェベク氏に解説してもらった。

 

取材・文:田窪桜子

 

 

――まず、芸術経営支援センターの事業概要、ミュージカルへの支援について教えてください。

 

KAMSは2006年に発足しましたが、ミュージカルを積極的に支援しはじめたのは実は2021年からです。最初はストレートプレイなどの公演事業とビジュアルアートがあり、それらが実際には密に関わっているため部署が広がっていきました。その延長で、芸術を生業とする団体の支援へとつながった。さらに、より大衆的で産業化した芸術も支援しましょうという流れになっていきました。

KAMSの機能は、部署についてお話していくのが分かりやすいと思います。「舞台芸術支援」「ビジュアルアート支援」「芸術団体支援」「芸術家を育成支援するアートコリアラボ」の4つの部署が主な活動となります。

※KAMSは韓国文化観光体育部と韓国文化観光研究院傘下の専門芸術法人団体評価センターと、2005年に第1回が開催されたソウル芸術見本市(PerformingArts Market in Seoul=PAMS) 事務局が統合され2006年1月に発足した。第2回からPAMSも主催している。

 

――芸術を支援する財団の名前に「経営」とついているのが、日本からみると画期的です。

 

経営という面では非常に韓国的かもしれないのですが、我々の一番のビジョンは、いわゆる芸術団体が自ら芸術で食べていける、つまり自生を促すことです。例えば純粋芸術を支援だけで続けていっても誰も幸せにならないですよね。自立を促していく。健全な経営環境を整え、支援金だけを頼りにするのではなくて、自らの芸術性は貫きながらも、組織としてちゃんと独り立ちができるよう支援していくということです。

 

――“自立”への支援は日本の芸術文化支援策にはないタイプの支援です。具体的な内容は?

 

多種多様な支援をしているのですが、大きく分けて設立支援、成長支援、そして飛躍するための支援となります。その飛躍部分は中期開発支援でグローバル化まで計画します。例えば若いチームの代表たちが会社を設立したいとなったとき、その設立の過程を支援する。そして、どうその事業を大きくしていくかコンサルタントもしていく。アートコリアラボは、若いカンパニーが家賃なしに事務所を構えられます。そこで、その人たちの作品を海外に持っていく支援をする。あるいは、地方公演ができるようにする。段階を追って支援していきます。

 

――会社設立の支援とは?

 

まず、その会社の事業アイテムに対する支援金が出ます。その条件もいろいろあります。例えばミュージカルの場合、海外公演に行きたいとなると、招聘してくれる海外のパートナーを見つけてきたら、輸送費や宿舎の費用を出しましょうとなる。これは中期開発支援ですが、自立に向けての底上げをしていくという考えです。作品を支援する部署と、企業の自立をうながす部署は違うので、その審査基準や審査期間も異なります。

 

――どのようなアドバイスをするのでしょうか?

 

ミュージカルでは海外との契約に向けて、まずは契約書のテンプレートを作りました。ロイヤリティは何%ぐらいがいいですよなど、具体的なアドバイスが主ですね。そして、企画、プロモーション、マーケティングなどの創作に直接かかわる部分だけではなく、投資や会計、労務管理など経営者として知っておくべき知識も我々が授けていく。アートコリアラボには、法律や企業経営の専門家が常駐しているんです。何か困ったら相談やチェックをしてもらえる。このアドバイスも登録団体は無料です。

 

――2021年にミュージカルに力を入れはじめた経緯について教えてください。韓国のミュージカル業界は驚異的な成長をとげていますね。

 

2020年〜2021年ごろ、韓国のエンターテインメント・コンテンツ、いわゆるK-コンテンツ、K-カルチャーが世界的にヒットしたんです。2019年に映画『パラサイト 半地下の家族』がカンヌ映画祭でパルム・ドールを獲り、翌年のアカデミー賞では4部門を受賞。2021年にドラマ『イカゲーム』などが世界的にヒットした。韓国内では、映画、K-POP、そしてK-ドラマがラインに乗ったという雰囲気でした。そして、次のアイテムとしてミュージカルがピックアップされたんですね。まさに、「時が来た」という感じです。韓国内のミュージカル市場もできあがってきて、右肩上がりで、さらに外的な成長が見込める産業だとなったんです。

 

――見込めるというだけで、あっという間に部署ができ、予算を投入していくのもすごいですね。

 

2020年ごろから中国、そして日本の市場に韓国オリジナルミュージカルの進出が急増していたんです。そこで、未来があると判断した。そして、2021年の上海でのK-MusicalMarketは、単体予算で開催したのですが、そこでの成果があり一気に進みました。海外向けの流通イベント、海外へ向けて人材育成など、確かにものすごい速さで動いていったという実感はあります。

 

――具体的な成果について教えてください。

 

これほど短い期間で成果があるということを我々も実は予想してなかったんですが、『マリー・キュリー』のウエストエンドに進出ですね。韓国内の支援にはじまり、製作会社は2021年のMarketに出品し、そこで海外パートナーと出会い、2022年にはプロデューサーをロンドンに派遣。続いて、ウエストエンドで上演するための支援と、全工程を踏んでいます。それが実って2024年6月、チャリングクロス劇場で現地のスタッフ、俳優で上演されました。これは、ローカライズ(オリジナル演出で現地化する)がすぐれた作品だった。ローカライズがうまくいく作品の土台をつくったともいえます。

※ミュージカル『マリー・キュリー』については、プロデューサーのカン・ビョンウォン氏のインタビューを参照。

 

――人材の育成も力をいれていますね。

 

デビュー3年以内の若手を対象に、プロデューサーの育成をしています。基本知識の講座をKAMSが実施します。制作会社の先輩プロデューサーたちとマッチングして、指導してもらう。メンター制を導入しています。

ウエストエンドに派遣するプロデューサーは3年以上、ブロードウェイはもう少しベテランを派遣しています。

 

――ミュージカルに特化した審査はどのような人たちが担当していますか?

 

審査委員会をつくっています。制作会社の代表だけでは偏ってしまいますし、例えば公演の制作会社代表1人、批評家1人、学会から1人とバランスをとって公平に審査できるようにしています。また、事業ごとに審査委員会をつくるので、毎回メンバーは変化します。ミュージカルの専門家の審査員リストがあり、審査日時が決まると連絡していき日程のOKな方を探す。KAMSの課題のひとつに審査委員会のレベルを上げることもあるので、そのリストの点検も大切な作業です。

 

――中期開発支援はどういう流れでしょうか?

 

これは、完成した作品をどのように支援して流通させていくかという段階を追っての支援になります。ターゲットは欧米で、1年目に1回は英語でのショーケースを必ず行う。その後アフターケアーが入るので2ヶ年計画ですね。韓国で完成したものを英語圏で紹介するショーケースのために現地の俳優が現地で稽古するための支援が主ですが、韓国では上演されていなくてもアメリカで開発中の作品もあります。

 

――今後、展開していきたい事業はありますか?

 

ひとつめが韓国オリジナルのファミリーミュージカルですね。例えば台湾で好評だった『天女銭湯』は、原作やキャラクターに頼らない、韓国のオリジナリティーあふれる作品なのです。韓国は子供を対象にしたファミリーミュージカルのクオリティが非常に高いんです。さらに海外向けに競争力をつけて展開していきたいと考えています。

もうひとつが、上演前の開発段階からの支援です。2024年に『メイビー・ハッピーエンディング』がブロードウェイで開幕しましたが、これには開発段階から支援が入っています。グローバルを視野にクリエイターを発掘し育成していく。この最初の開発段階から支援する必要性を感じています。そのためにもクリエイターの人的交流も活発に行っていきたいです。

 

――日本のプロデューサーたちにメッセージはありますか?

 

K-MusicalRoadshowやMarketを通して日本の制作会社の方とよく話すのが、特に英米への進出に関して韓国だけが切磋琢磨しても、あるいは日本だけで切磋琢磨しても限界があるということです。日本と韓国、それぞれに得意なところがあります。合同のチームとして、長い交流と対話の時間を経て、英米の現地プロデューサーを魅了させられるようなコンテンツをつくっていくような事業に期待しています。

現実的には、ミュージカルのクリエイター支援は縮小傾向にあります。ですが、K-ミュージカルの影響力は年々高まってきています。支援は縮小規模になっても爪痕は残せると思っています。支援事業は単独でいきなりやっているわけじゃない。何が必要で何が必要じゃないか、緊急性があるのかどうかなど、必ず現場の声をしっかり聞いて事業計画を作っています。そういった意味でも、現場の声を一番大事にして爪痕を残していきたいです。

 


 

オ・ジェベク 韓国芸術経営支援センター 公演芸術本部公演流通チーム主任

 

中東にてガス処理施設建設事業のマネージャーとして、海外事業のノウハウを学んだのち、韓国の公演企画制作会社に転職。そこで、ミュージカル制作及び企画運営から流通までを行う。2019年より韓国芸術経営支援センターにて、韓国ミュージカルの海外流通基盤強化のためのミュージカル支援事業運営など芸術行政の現場を担当している。

 


 

特集「韓国ミュージカル支援政策の現状」

 

第1回 韓国ミュージカルの発展を支える公共支援の全貌を探る|演劇評論家パク・ビョンソン氏インタビュー

第2回 財団法人芸術経営支援センター(KAMS)の機能と意図|公演事業本部公演流通チーム主任オ・ジェベク氏インタビュー

第3回 『マリー・キュリー』への支援例と今後の展望|ライブ社カン代表インタビュー

第4回 韓国のミュージカル政策から学ぶ、日本の舞台ネットワークのこれから|伊藤達哉氏インタビュー

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