特集「韓国ミュージカル支援政策の現状」第1回/全4回

 韓国ミュージカルの発展を支える公共支援の全貌を探る|演劇評論家パク・ビョンソン氏インタビュー

 

 

韓国のミュージカル業界は、この10年で目覚ましい発展を遂げている。2014年以降、約3,000億ウォンで維持してきたミュージカル市場は、パンデミック期間にいったん落ちたものの、2023年度は約4,600億ウォンまで急成長。オリジナルミュージカルは公演市場の4割近くを占めるまでになった。

日本でも2024年は10作以上の韓国発のオリジナルミュージカルが翻訳上演され、今年も同レベルの上演数が予定されている。映画やK-popに続いて、ミュージカルが韓国のコンテンツとして力を持ってきているのだ。

その発展を支えているのが、主に公的な文化支援だ。日本との大きな違いは、作品単体への支援ではなく、その先の流通までを見据えた支援であること。どんな支援があるのか、どのように活用されるのか、ミュージカル専門誌「TheMusical」の元編集長で演劇評論家のパク・ビョンソン氏に、話を聞いた。

 

取材・文:田窪桜子

 

 

――まず、韓国におけるオリジナルミュージカルへの支援について教えてください。

 

大きくは3つに分けられます。作品への支援、クリエイターへの人的支援、そして3つ目が作品を流通させるための支援です。流通は、ソウルで作った作品を地方に持っていくような国内流通のための支援と、海外進出を目指したグローバル化への支援の2つに分かれます。

このメインとなる支援が、韓国芸術文化委員会(ArtsCouncil Korea)が行っている公演芸術創作産室「今年の新作」です。今年で17回目。段階を追って支援し、新たなレパートリー作品の開発を目指します。

 

――どういった段階を踏んでいくのですか?

 

4段階あります。まず作品の発掘、ショーケースの実施、そして本公演の上演。さらに、再演のための支援と続きます。最終的には作品の流通を促すのが目的。創作を支えることで制作会社が自活できる土台をつくっていくのです。最近の再演支援は、海外進出の支援と重なる部分が増えています。

 

※2025年の公演芸術創作産室の電子パンフレット。審査を通った作品が順次発表される。近くのカフェではコラボメニューが出されるなど演劇の街「大学路(てはんの)」に定着している。

 

――人材への支援はどういうものがありますか?

 

人的支援には2つの側面があります。クリエイター、つまり人材そのものを育成するのと、魅力的な素材を見つけ一緒に作品を開発し育てていくものです。

この人材支援は、本公演に行く前のショーケースやリーディングまでです。主な支援に、韓国コンテンツ振興院(KoreaCreative Content Agency)と制作会社LIVE(株)が主催する新進ストーリー作家育成支援事業「GLOCAL MUSICALLIVE」、忠武アートホールが主催するストーリー作家支援プログラム「ブラック&ブルー」、韓国総合芸術学校が主催する「ミュージカル創作アカデミー」などがありますが、いずれもリーディング発表までの支援です。

 

――年間どれぐらいの作品が、リーディング支援までたどりつきますか?

 

1年に30作ぐらいですね。これは、CJクリエイティブや漢陽(はにゃん)大学など民間の支援も合わせたものです。申請総数はさまざまな支援への重複申請が多く、データがないので把握できないのですが、「GLOCALMUSICAL LIVE」では70〜100作品ぐらいから6作品が選ばれます。

 

――リーディング発表を行ったその先は?

 

次のフェーズは、例えば前述の公演芸術創作産室の本公演支援に選ばれるか、大邱(てぐ)の国際ミュージカル・フェスティバルに出品するか、民間の舞台制作会社と出会う、といった道に分かれていきます。

 

――支援のフェーズも変わるということですね。クリエイターが「試しに見てみてください」と提案できる場を用意し、制作会社は新しい才能に出会える、という流れは日本にないシステムですね。具体的な作品での例も教えてください。

 

『女神さまが見ている』は2011年、「CJクリエイティブマインズ」の第1回選定作となり、2012年の創作ミュージカルの祭典「ソウル・ミュージカル・フェスティバルイェグリン・アワード」で最優秀賞を受賞。このリーディング公演が話題となり、翌年に忠武アートセンターの小劇場で初演し、「韓国ミュージカル大賞」で脚本賞などを受賞。翌2014年には日本公演も行われました。その後繰り返し再演する過程でアップグレードしていき、商業ベースで成功した後も支援を得て韓国全国を巡演しています。安定した制作環境を国の支援で築いた代表作です。

 

――日本で翻訳上演された『マリー・キュリー』『ファンレター』など、オリジナルミュージカルの海外進出も盛んになりました。

 

グローバル支援は、(財)芸術経営支援センター(KoreaArts Management Service)が主催しているK-MusicalRoadshowとK-Musical Marketが中心ですね。かつては中国と日本などアジア市場がターゲットでしたが、近年は欧米圏の俳優を起用した現地でのショーケースも増えています。また、人的支援と流通支援の付録的なものとして、プロデューサーをブロードウェイやウエストエンドに2週間ほど送り出す支援もできました。現地でショーケースを開催したり、公演を見るほか、現地のプロデューサーとネットワークを築くための支援です。

 

2024年6月にソウルで開催されたK-MusicalMarketの参加者。世界各国からプロデューサーが集まった。前列左から3人目がパク・ビョンソン氏。(芸術経営支援センター提供)

 

――ブロードウェイで上演中の『メイビー・ハッピーエンディング』も韓国のオリジナルミュージカルですね。

 

この作品は、少し違っていて、2014年にウラン文化財団のプロジェクトとして開発されました。2015年に同財団の内部リーディングとトライアウト公演を実施、2016年にニューヨークでのリーディング公演を行っていて、海外も視野に入れた民間のプロジェクトとして開発された作品です。

 

――K-Musical RoadshowやMarketのショーケースやピッチングに参加する作品、人材はどうやって選んでいますか?

 

書類審査を通過したあと、プレゼンテーションがあり、それを経て決定します。ミュージカルの専門の審査委員会があります。ソウルで開催するMarketは国際的な競争力のある作品がまだ生まれていないので、その強化が課題です。ただ、2016年にスタートした始まって間もない事業なので、これからですね。Roadshowでは既存の作品から、海外に出向いて現地でショーケースを行い“輸出”できる作品を選定します。

 

――Marketで、クリエイターが創作準備中の作品を制作会社やプロデューサーにプレゼンするピッチングも日本にないもので興味深かったです。若いクリエイターのまっすぐな野心に大きな可能性を感じました。

 

ピッチングは、しっかり準備をさせています。それぞれのチームに発表まで専門のメンターがついて、相談にのっています。

 

――ミュージカルというジャンルは、現代の韓国文化の中で、どういった位置づけでしょうか?

 

まだ、一ジャンルとして確立はされてはいないですね。国として独立させ分離したほうがいいのでは、という声が出たのが2022年でした。現在は、演劇部門の中にミュージカルが付随している形です。ストレートプレイと区別する必要があるのは、規模が違うからです。ストレートプレイでは例えば1000万円の支援金はとても大きい額ですが、ミュージカルでは少ないですよね。現実的な問題で、独立させる必要があります。

 

――韓国では、ミュージカル賞も盛り上がりますね。日本には、ミュージカル協会そのものもありません。

 

ミュージカル関連の賞は、2007年からザ・ミュージカル・アワードがありましたが予算不足で15年に終了、イェグリン・アワードなどもなくなりました。紆余曲折があって、今は「大韓民国ミュージカルフェスティバル〜韓国ミュージカルアワード」だけになりました。社団法人韓国ミュージカル協会が主催し、文化体育観光部と韓国文化芸術委員会が後援しています。フェスティバルということで、国から予算が出て運営していますが、今後は実は予算次第でもあります。

 

――昨年のK-Musical Marketでは、ミュージカルを芸術文化として認められるよう法律をつくろうとしているという話も出ていました。

 

ミュージカルがジャンルとして成立してきたので、保護するための振興法を作ってくださいと政治家に呼びかけているんです。韓国映画も映画振興会があって映画振興法ができ、成長してきた。ミュージカル業界は韓国映画をロールモデルとしているので、同様の提案ですが、まだ難しそうです。

 

――急成長はしているけれど、まだ国全体の文化の中ではこれからということですか?

 

はい、まだまだです。ですので、法律の整備の前に、ミュージカル・コンプレックスをつくろうという動きも大邱市で進んでいます。複合施設をつくり、リサーチ、創作、公演ができる場所です。

※大邱市では2006年から毎年、「大邱国際ミュージカル・フェスティバル」を開催。創作支援も行っており、この創作支援からヒット作も生まれている。

 

――日本では、ストレートプレイや実験的演劇は支援すべきだが、ミュージカルは商業化できるだろうから支援はいらないのではという風潮もあります。韓国はどうですか?

 

そういう考えは韓国にもありますが、ミュージカル支援は小中カンパニーへのもので、オリジナルミュージカルをつくる力をつけるのがポイントです。韓国映画の戦略と同じですね。ウエストエンドやブロードウェイから輸入するのではなく、競争力をつけて、海外に出していけるオリジナルミュージカルを生み出すために支援が必要という考えです。

 

――韓国の創作ミュージカルは、長く上演し、再演でアップグレードしていくスタイルが定着していることも、成長を支えていると感じます。一方で最近の、特に大学路の小劇場のオリジナルミュージカルは、対象を絞ったマニア向けの作品が増えた印象があります。今後の韓国オリジナルミュージカルの展望はどうでしょうか?

 

我々もマニア向けの作品の傾向についてよく話すのですが、若い女性客が多いので、どうしてもその嗜好に合わせた作品が多くなってしまう。それがクオリティーの停滞にもなり、大衆を広く満足させられるだけのウェルメイドの作品が出にくくなっていました。しかし、マニア市場はすでに飽和状態にあり、2024年あたりから、新たな動きが出てきました。ミュージカルでは『キキの境界性人格障害ダイヤリー』(韓国文化芸術委員会と韓国コンテンツ振興院の支援作に選定)や児童文学を原作にした『長い長い夜』などバラエティーにとんだ作品が出てきています。今後は最初に30本と話したリーディング公演まであがる作品数が増えていくと思います。

 

ショーケースで披露された『キキの境界性人格障害ダイアリー』。境界性人格障害を持つ主人公のキキが回りの助けを得ながら幸せを探していく物語。(芸術経営支援センター提供)


  

パク・ビョンソン 公演評論家

韓国総合芸術大学演劇学科公演専門評論修士。発刊当時韓国で唯一のミュージカル専門雑誌だった「TheMusical」の編集長を約20年務める。その後演劇評論家として活動を広げ、現在は韓国日報などの日刊紙の客員記者や、母校である韓国総合芸術学校や東国大学にて演劇評論を学生たちに教えている。また、韓国政府や民間が主導する数々の韓国オリジナルミュージカル支援事業の審査委員としても活動しており、2000年代初頭から現在まで韓国オリジナルミュージカルの支援と発展を支えてきた。


  

特集「韓国ミュージカル支援政策の現状」

 

第1回 韓国ミュージカルの発展を支える公共支援の全貌を探る|演劇評論家パク・ビョンソン氏インタビュー

第2回 財団法人芸術経営支援センター(KAMS)の機能と意図|公演事業本部公演流通チーム主任オ・ジェベク氏インタビュー

第3回 『マリー・キュリー』への支援例と今後の展望|ライブ社カン代表インタビュー

第4回 韓国のミュージカル政策から学ぶ、日本の舞台ネットワークのこれから|伊藤達哉氏インタビュー

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