英語と中国語の翻訳には、自動翻訳システムを利用しています。
Xボタンを押してサイトにお進みください。
ファミリー向けの舞台は、客席で一緒に声を出したり、出演者が客席におりてきたりといった楽しみが多くあります。けれどもコロナ禍の数年間、その「ふれあい」が困難な時期が続きました。今あらためて、子どもたちは舞台芸術を通じてどんな楽しみを感じ、どんな時間を過ごすことができるでしょう。
各地でファミリー向けのツアー公演を行っている3社に、その現状のほか、課題や展望をお話しいただきました。
鼎談参加者(五十音順)
一般社団法人エーシーオー沖縄 下山久さん
有限会社 劇団かかし座 後藤圭さん
株式会社キョードーファクトリー 竹澤寿之さん
インタビュー・文/丘田ミイ子
鼎談実施日/2024年11月19日(オンライン)
――ファミリー向けツアー公演の今年の現状、それぞれの現場の様子はどのようなものだったのでしょうか?
後藤 かかし座は現代影絵を用いた公演を上演しているのですが、子どもを中心に据えながらも、多くの老若男女のみなさんに楽しんでもらいたいという思いで今年も各地で上演を重ねてきました。コロナ禍がひとまずの収束となって、子どもたちはコロナ禍前と変わらない様子でのびのびと楽しんでくれている印象があり、現場に行くととても気持ちがいいです。その一方で、大人は未だ慎重になる節も見受けられ、マーケットとしてはスムーズに戻っていかない印象がありました。
下山 エーシーオー沖縄では国際フェスティバルとして海外の作品を上演する機会も多いのですが、その都度目を輝かせて楽しんでいた子どもたちの表情が印象に残っています。大人が理屈で追いかけてしまうことも軽々と飛び越えていく。そういった子どもの感性の柔らかさには元気をもらえますよね。同時に、後藤さんと同じく私たちの現場も集客で厳しさを痛感する1年でもありました。長く続いたこのコロナ禍で、大人たちは意識して観劇を控えてきたわけですから、状況が落ち着いても、その延長戦のような印象が残りました。
竹澤 5類になった時は「待っていました」という感じで、お客様がいっせいに戻ってきてくださった実感があったのですが、今年は全体的に厳しかったですよね。行動範囲が徐々に広がって他のレジャーに流れてしまったり、酷暑の影響があったり、観劇に費やせるお金の基準が厳しくなったり……。私たちの現場でもそういった感触がありました。とくに、チケット料金面では苦戦をしました。ツアー先の地域にもよりますが、3000円を越えるとなかなか厳しく、2500円くらいに下げると反応がいいという統計があったので、400名入れるところを価格を下げて600名を目指す、などの方法をとっていました。ファミリー公演は家族みんなで10000円近くかかると尻込みしてしまう現状があると思います。
――チケット料金を巡る集客の問題は舞台芸術全体にとって喫緊の課題ですが、そのあたりを鑑みて行った施策や工夫があれば、教えてください。
竹澤 キョードーファクトリーでは今年初めて、ファミリー向けレジャー関連の予約サイトと組んだチケット受付を行いました。チケット料金を2500円に設定していても、プレイガイドによってはさらに手数料や発券料も含めての観劇料金という認識になってしまうのですが、こちらの予約サイトは手数料がかからないこともあり、非常に動きが良かった印象がありました。
後藤 とりわけ若い親御さんにとって、ネットを通じたチケット販売はアクセスがしやすく、主流になりつつありますよね。その一方で、私たちの行う公演ではネット予約よりも、電話やFAXでの申し込みの方が多いという現状があります。主催公演に比べて売り公演が多いこと、教育機関を通じた広報活動がメインということも関係しているかもしれませんが、年配のお客様にとってはまだまだネットへのハードルが高い側面もあるようで、どちらも必要な窓口なのだと感じています。
下山 一番の問題は、物価の高騰を演劇のチケットに反映ができないことですよね。お客様を集めるために教育委員会や児童館とタイアップをしたり、団体で観にきていただく工夫も行っているのですが、料金が割安になるため採算が取れないこともあります。また、フェスティバルになると、1週間に6、70ステージの上演があるため、はしご観劇が主流になるのですが、親子でのはしご観劇は最安でも10000円はかかってしまう。そういった様々な問題を考えた時に、やはり助成金の必要性を痛感しました。ヨーロッパのように子どもたちの文化体験を保障できる助成や制度がたくさんあれば、もう少し状況も好転するのではないかと思います。
――助成に関する話も出てきましたが、子どもたちの観劇体験をより豊かにするためにみなさんが考えていること、行っていることをお聞かせ下さい。
竹澤 ファミリー向け公演ではないのですが、中高生を対象にした『くちびるに歌を』という作品が文化庁の子供舞台芸術鑑賞体験支援事業に採択されたことで、動員面におけるたしかな変化を感じました。「将来の文化芸術の担い手や観客育成に資すること」を目的とした補助金だったので、小学生から18歳以下を対象に無料招待、同伴の保護者も特別価格で観ていただくことができました。幼少の子どもを対象にした類似の支援や、シアターデビューの機会創出を応援するような制度があれば、ファミリー向け公演もより多くの方に観ていただけるのではないかと思います。
下山 すごくいい案だと思います。まずは劇場に足を運んでもらう機会を作る、そして慣れてもらい、楽しんでもらう。小さな子どもたちにとっては、そういったステップが非常に重要ですよね。「濃密な空間で高いクオリティの舞台芸術を感じてもらうこと」が子どもたちの次の観劇体験にも繋がると信じて、様々なフェスティバルや上演を行ってきましたが、経済的格差が文化体験の格差につながってしまうという壁はどうしても避けられない。これは子どもの責任ではないので、社会の枠組みの中で保証する制度やシステムがいち早く必要だと感じます。
後藤 子どもたちが舞台芸術のどの部分に興味を惹かれるのか。こればかりは一つのものさしでは図れないものだとも感じます。だからこそ、上演のみならず、ロビーで影絵に親しんでもらったり、簡単なワークショップを体験してもらったり、そういった前後の取り組みも非常に重要なんですよね。長く劇団を運営していると、観にきてくれていた子どもがいつのまにか母になっていることもあり、体験が後の世代へと受け継がれていくためにも、今必要な取り組みを取りこぼさずやっていきたいと感じます。
――観劇前後の取り組みにおいてみなさんが大切にされていることや、それぞれの現場での反応をお聞かせ下さい。
下山 私たちの主催公演では開演前のプレトークに力を入れています。とくに、団体で観に来る子どもたちは30分前には席に着いて時間を持て余しますので、その間を利用して会場内のムードを高めたり、緊張感を和らげることは非常に重要だと感じます。お芝居を観るための心地よい空気や環境を作ること。これも、体験の一部として欠かせないことなので、今後もそういった試みはどんどん取り入れていきたいと考えています。
竹澤 会場の空気を温めることはとても大事ですよね。終演後に舞台と客席を交えて記念写真を撮ったり、お見送りをするなど余韻の時間も大切にしたいと思います。コロナ禍ではロビーの混雑を回避しなくてはいけなかったし、声出しもほとんどできなかったのですが、5類になってからは、俳優が客席に降りる演出も含めて様々なふれあいが復活できたので、ライブならではのコミュニケーションの意義を改めて感じています。
下山 コロナ禍では舞台と客席の間も離さなければならなかったですし、「ふれあい」を一つの魅力とするファミリー向け公演においてはとりわけその距離感がもどかしく、影響も大きかったように思います。それが一番大事なことであるにもかかわらずできなかった時間が長かった。だからこそ、これからの公演で密度の高い体験を取り戻さなくてはいけない、とも感じますね。
後藤 お芝居って、コストとしてはやはり「高い」と感じられる方が多いと思うんですよね。一日遊べるテーマパークと比べると、1、2時間で終わってしまう。だからこそ、そこに伍していく気持ちでいたいですよね。上演だけでなく、観劇前後のプレイングタイムを増やすことで選択肢の一つにしてもらえるように……。子どもの観劇を次に繋げるためにこういった意見や状況の交流はとても重要だと感じます。いわゆる大人の芝居におけるリピーターとは概念が違うので、かかし座のリピーターになってもらえることはもちろんうれしいのですが、それ以上に、実演芸術そのものリピーターになってほしいと願っています。
――最後に、子どもに向けた公演を届け続けてきたみなさんが今抱いている未来への思い、今後の展望をお聞かせ下さい。
竹澤 観劇はどうしても「舞台を観に行くために劇場に行く」という形式に収まりがちですが、今後はその在り方をより外へと拡げ、新たな公演の形も開拓していきたいと考えています。先日も熊本城ホール5周年の記念公演を行ったのですが、その公演でも、ティラノサウルスレースとのタイアップや商業施設と組んだスタンプラリーを企画してみました。「観劇に行くと、こんなこともできるんだ」。そんな新たな観劇の楽しみ方を子どもたちに提供できるように、場や街、行政や異業種と連動しながら今後も様々な取り組みに挑戦していきたいと考えています。
後藤 実演の芸術を観る・体験するということは、心を動かす・震わせるということ。そういったことの価値が「知識を得ること」に比べて、低いものとされている現状も感じますが、私たちは一生をかけて、その価値を上げていくための活動や取り組みをしていく。それが自分にできる唯一の社会貢献だと思っています。一方で、コロナ禍によって舞台芸術業界が失った機会や損害はやはり大きく、今後まだまだ尾を引くだろうという実感もあります。社会の目がその現状にいち早く向くような取り組みも同時に必要であると感じています。
下山 仕事で様々な国の人と関わる中では、「この10年で日本がいかに遅れてしまったか」を痛感する瞬間も非常に多くありました。だからこそ、未来を担う子どもたちには様々な国の文化や考えに触れてほしい。今後ますます求められるであろう、グローバルな人間に育ってもらいたい。たった1、2時間の上演かもしれませんが、とりわけ濃密な文化体験がその一助になると信じて、今後も舞台を通じたきっかけづくりができたらと思っています。
「日本の演劇」未来プロジェクト対象公演
一般社団法人エーシーオー沖縄
2024年7月20日 鹿児島県鹿児島市 / 熊本県熊本市 ライカ南国ホール
2024年7月23日 熊本県熊本市 市民会館シアーズホーム夢ホール
有限会社劇団かかし座
2024年7月27日 岩手県盛岡市 盛岡劇場メインホール
2024年7月28日 青森県八戸市 八戸市南郷文化ホール
2024年10月14日 三重県亀山市 亀山市文化会館大ホール
株式会社キョードーファクトリー
2024年4月28日 兵庫県神戸市 神戸朝日ホール
2024年5月18日 北海道苫小牧市 苫小牧市民会館大ホール