英語と中国語の翻訳には、自動翻訳システムを利用しています。
Xボタンを押してサイトにお進みください。
マームとジプシーの『cocoon』は、漫画家・今日マチ子さんが沖縄戦に動員された少女たちに着想を得て創作した「cocoon」(秋田書店)を舞台化したもの。2013年に初演され、2015年には再演された劇団の代表作です。初演から7年後の2020年夏、満を持して新演出で上演予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響で中止となりました。
劇団としても大きな節目であったこの公演と、コロナ禍が重なるなか、カンパニーのプロデューサーである林香菜さんはなにを考えどう判断をしたのか。当時を振り返りながら、劇団の現在と未来についてお話をしていただきました。
インタビュー・文/折田侑駿
取材日/2024年11月1日
──コロナ禍によって多くの舞台関係者が苦境に立たされました。マームとジプシーも例外ではなかったかと思います。代表を務める林さんの立場から見ていかがでしたか?
マームとジプシーとしては、2020年にカンパニーの代表作である『cocoon』の上演を予定していました。自分たちの主催する興行として大きな劇場でやっていく必要性を感じていた時期だったため、この作品を東京芸術劇場プレイハウスなどの規模で上演することが、当時のマームとジプシーにとって、これから先のひとつの指標になるだろうと思っていたんです。なので、自分が用いる制作スキルも体力も時間も費やしていましたね。カンパニーとしても、2020年に至るまでのすべてのプロジェクトの先には、『cocoon』の存在があったように思います。
──ところがコロナの影響ですべての公演が中止になってしまいました。
果たしていつになったら万全の状態で上演できるのか、あの頃は見当もつきませんでした。『cocoon』にはオーディションを経て参加していたメンバーもいましたし、俳優のそれぞれの生活や人生設計もあるので、先の見えないままいつまでも待たせるわけにはいきません。チームの集団性やモチベーションを維持することができるのは2年間だと判断し、コロナ禍のさなかではありましたが、2022年に再再上演することを決めました。私としてはかなり大変なことになるだろうと思いつつも、コロナ禍という異様な社会の中でcocoonという場を観客の皆さん含めて多くの人に体感してもらいたかった。
──実際に2022年には全国各地での上演が実現しましたね。
そうですね。いろんな劇場で、観客も含めて作品に人が集まるということが成立していて、私自身とても勇気をもらいました。それに、この上演をすべて終える頃には、マームとジプシーとしてのこれからも見えてくると思っていたんですけどね……。関係者に感染者が出てしまい、自ら主催で興行をしていた東京公演のほとんどの回が中止になってしまいました。もちろんすべてチケットの払い戻しを行いました。さらに、公的な助成金としてキャンセル料が補填されない時期だったんです。
──光が見えていたはずのところで苦境に立たされてしまったと。上演前に全公演を中止とした2020年とはまた違い、カンパニーが負担しなければならないものは大きいですよね。
一気に、赤字のすべてを自分たちで背負わなければならない状況になってしまいました。マームとジプシーにとっての経済的な切迫はここから始まったように思います。それまではコロナ関連の助成金や中小企業に出る補助金、借り入れなどをしてどうにかやりくりできていたのですが、さすがに行き詰まってしまいましたね。会社をたたむことも考えたほどです。
──2022年末からは「マームとジプシーDVD/Blu-ray製作プロジェクト」として、クラウドファンディングを実施しましたね。
これはとても大きな支えになりました。資金面ももちろんですが、本当にたくさんのご声援をいただいたんです。観客の皆さんもそうですが、過去にマームとジプシーの作品を通して出会った方たちからもです。多くの人々が自分と同じようにマームとジプシーという場を大切に想ってくださっているのかを強く実感しました。公演が中止になるたびに、観客の皆さんや関係者の誰もが深く傷ついたのは事実です。そのたびに、大変な思いをさせてしまってまで上演することに本当に意味があるのだろうかと何度も考えてきました。でもやっぱり、続ける意味はあったんだと、心から思わせてくれました。
──マームとジプシーの作品を必要としている人々の存在が、ある種これまで以上に可視化されたのですね。
そうですね。演劇作品は、上演が終わってしまえば形としては何も残りません。でもマームとジプシーというゆるやかな共同体を私たちが維持していけば、劇場で共有した幸福な時間や切実な想いは続いていく。さらに劇場を訪れている人たちだけではなくて、それぞれの理由によって劇場へと足を運ぶことが難しい人たちも、我々の活動に視線を送り続けてくれていた。このことに改めて気がつきました。本当に意味のないものなんてないんですよね。この気づきが大きな救いになって、また前を向くことができました。
──コロナの感染症としての位置づけが5類に移行して一年半が経過しましたが、この2024年は非常にアクティブな活動を展開されている印象です。
まずは、藤田の新作を届けていこうと考えていました。そのうちのひとつが、今年の2月から各地で上演を続けている『equal』です。本作はこれまでも一緒に作品づくりをしてきたレパートリーメンバーに出演してもらいました。ある種、とても「マームとジプシーらしい」作品ということもあって、コロナ禍の後に、自分たちのつくる作品にどれくらい観客の方が集まってくださるのかを改めて知る機会にもなっていると思います。
──5類へと移行して上演の環境は安定してきているのかと思うのですが、いかがでしょうか?
上演環境に関してはそうですね。でもチケット代の問題や創作環境など、考えなければならないことは山積みだと思います。チケット代の値上がりが一般化していますが、それだと本当に限られた人々としか出会うことができなくなってしまいます。経済的に苦しいのは若手世代だけではありませんしね。かといって、価格設定をある程度のところでキープするためには、ほかの予算を削減しなければならなくなるので悩ましいところです。舞台芸術の世界が健康的に循環し、持続していくことのできる状況をつくらなければなりません。いまも、とても考えていますが、正直まだ打開策は見つかっていません。マームとジプシーのこれから先のことといえば、いままで設立以来、あらゆるチャレンジを続けてきたと思います。上演規模を大きくすることもそうですが、さまざまな作家やクリエイターの方々を演劇に巻き込むことや、藤田自身の言葉を演劇以外の場で発表したり。だから、自分たち自身が「新しい」と思えることを見つけていきたいと思っています。
合同会社マームとジプシー
代表/制作
林香菜(はやし・かな)
桜美林大学総合文化学群卒業。07年マームとジプシー旗揚げに参加。以降ほぼ全てのマームとジプシーの作品や、藤田の外部演出の作品で制作を担当。14年マームとジプシーを法人化し、代表に就任。
「日本の演劇」未来プロジェクト対象公演
2024年10月26日〜27日 三重県津市 三重県総合文化会館小ホール