シリーズ:劇場のホスピタリティ 「『ここで観たい』と思われる劇場づくり」

東京一極集中ともいえる舞台芸術業界で、演劇ファンの「好きな劇場」としてその名が挙がる博多座(福岡県福岡市)。入口の大階段を使った装飾や、2022年に演劇ファンのSNSを駆け抜けた「博多座検証シリーズ」、劇場内のスタッフや売店の盛り上げ、観やすい座席配置や音響など、全国各地の演劇ファンからさまざまな魅力が語られる劇場です。そのホスピタリティについて、博多座演劇部長の西中治朗さん、副支配人の城戸芳さん、宣伝担当の岩戸孝介さんにお話をうかがいました(全3ページ)。

取材・文/中川實穗

〇地方劇場のコンプレックスから生まれた発想

――今回、SNSなどで語られている博多座さんの魅力を改めて調べたのですが、集約すると「おもてなしの精神」が特に愛されているのかなと感じました。そこはなにか戦略的にやられているものなのでしょうか?

城戸芳(以下、城戸) ありがとうございます。でも私たちとしては特別におもてなしをしているという気持ちはないんです。

岩戸孝介(以下、岩戸) 最初の頃は、お客様や周りの方から言っていただいて、「そうなの?」という感じではありました。

――わかりやすいところで言えば、ネームプレートに上演中の作品のモチーフをつけるとか、検証動画を撮影するとか、手間がかかることをプラスαで行うというのは、実はなかなかできることじゃないと思います。SNSで拡散された「博多座検証シリーズ」は、“前のめり”や“スマートウォッチの光”など、博多座さんに限らず劇場あるあるの困りごとに対して効果てきめんだったのではないでしょうか。

前のめりは後ろの席の視界をどれくらいふさぐ?【博多座検証シリーズ】

スマートフォンとスマートウォッチの光はどれくらい目立つ?【博多座検証シリーズ】

岩戸 話題にしていただいたおかげで、観劇時のマナーを知ってくださる方が増えたと思います。あの動画は以前から宣伝グループのメンバーで「前のめりがどう困るか、動画で見たら一発でわかりますよね」と話していて、舞台『千と千尋の神隠し』が上演されるタイミングで作りました。あの公演は全日程満席で、お子さんも多くて、初観劇のお客様も多かった。ということで、「今作っておかないと」という感じでした。さらにコロナ禍だったのでイレギュラー対応が予想され、お客様も困るだろうし、場内のスタッフも対応に手が回らなくなるぞと。

城戸 私たち場内サービス部は、案内係の日報を毎日全社員に見てもらうようにしているのですが、大体一日一回は、お客様から「前のめり」についてのお声が挙がるんです。宣伝グループのメンバーもそれをずっと見ていて、普段の演劇ファンが多い公演でこれなのに、演劇を観たことがない方がいらっしゃったらもっと増えるだろうと。「前のめりの動画を撮影したいけどどうですか?」と宣伝から提案してもらって、「ぜひぜひ」と。

西中治朗(以下、西中) 前のめりはすぐに案内係がお客様にお願いできればいいんですけど、お客様の座席位置などの関係もあって、なかなかそうもいきませんからね。

城戸 それに、集中すればするほど無意識で前傾姿勢になってしまう方が多いので、案内係がお声を掛けると「なにもしてないのに」というお気持ちにさせてしまうんです。そこで「前のめりになっているとこのくらい見えないから、申し訳ないけれどお声がけさせていただいているんです」とお願いする心苦しさが少しでも伝わればありがたいなというのも正直ありました。

――スマートウォッチの光も意外と多いですよね。周りの人のほうが気付くようなものだし。

岩戸 それも日報で毎日上がってくるものだったので、お客様がそもそもご存知ないんだろうなということで動画を作ったというのはありますね。

――ネームプレートに作品にまつわるチャームを付けるというのもすごく好評でしたよね。

城戸 お客様との間で「それどこで買えますか? 同じものが欲しいです」「いえいえ、手作りの非売品です」というやりとりが生まれました。

『新版 オグリ』のモチーフである薔薇のチャーム

コツコツと手作りしたのだそう

――どういう発想から始められたのですか?

岩戸 博多座っていわゆる地方劇場なんです。そこはコンプレックスでもあって、東京で満席になる公演も福岡では満席にならないことがあったり、キャストの方にキャンペーンに来てほしいけど福岡まで行くスケジュールが合わなかったり、「東京でできて福岡でできないこと」ってどうしてもあるんですね。福岡の観劇人口が急激に増えることも難しいだろうから地道にやっていくしかないけど、通常の宣伝以外でじゃあどうやっていこうかと考えている時に、人口の多い東京や大阪からお客様が遠征で来てくださるような劇場にしたらいいんじゃないか、と思いました。東京や大阪で評判が広がっていけば、福岡の人も「地元の博多座ってそんないい劇場なんだ」って逆輸入的に気付いてくれるのではないかと。私も福岡出身なのですが、他県の人に褒められると嬉しい県民性もあるかなと思っていまして。それで考えた施策のひとつが装飾です。元々ハードやアクセスの面は評価していただいていたので、  プラスαで博多座だけのものがあればお客様はきっと嬉しいし、それを目当てに来てくださる方もいるんじゃないかな、と始まりました。

階段を使った装飾は華やか。ここで写真を撮るお客様も多い

――階段の装飾は名物みたいになってますよね。

岩戸 都市部の大劇場で装飾を大がかりにできるところは少ないと思うので、これは博多座の差別化になるところだと思っています。大きなものから小さなものまでみんなで試行錯誤をする中で、ネームプレートの飾りを作ってみたり、と。劇場の一体感が出るし、スタッフの一体感も出るし、お客様も嬉しいんじゃないかなと思いました。公演は基本的に「舞台・役者さん・お客様」の関係だと考えていたんですけど、僕たちみたいな運営側のスタッフも一体になれると、公演全体が盛り上がります。その熱を求めてお客様は博多座に来てくれるんじゃないかと、そんなふうに考えました。

城戸 ネームプレートは『新版 オグリ』(2020年2月)からでしたよね?

岩戸 はい。薔薇がモチーフの作品だったので、お手洗いのピクトグラムに薔薇を持たせたり、2022年の『超歌舞伎』のときはペンライトを持ってもらいました(笑)。

『超歌舞伎』のペンライトを持たせたピクトグラム

城戸 ちなみにネームプレートの飾りは手作りなんですよ。

岩戸 予算との兼ね合いで(笑)。ネットでパーツを探して一人で作り始めましたが、途中からみなさんが手伝ってくれました。

城戸 『レ・ミゼラブル』のリボンも手作りでしたよね。

岩戸 はい。200個くらい僕一人で作ったんですよ。

――一人で!?

岩戸 リボンの部分が二重になっているんですよ。そこがこだわりで、きれいに作りたかったので自分で(笑)。

『レ・ミゼラブル』の舞台であるフランスの国旗の色を使ったリボン

――現場ではどのような反応でしたか?

城戸 お客様から「写真を撮らせてください」や「私もつけたい」というお声もありました。自分も作品の一員になりたいという気持ちが湧くお客様もいらっしゃって。でもお客様はもともと作品をつくるうえですでに大事な一員なんですけどね。

――スタッフの意識向上にもつながりますよね。自分もこの作品の一員なんだという意識は、振る舞いにも出るのではないでしょうか。

城戸 はい。具体的なにか大きなことがあるわけではないのですが、変化はありました。

岩戸 シンプルに、普通は声をかけられるということがないので、そうやって声をかけられる回数が多いとスタッフも嬉しいですしね。

西中 自分の大好きな作品を劇場が大事にしてくれている、と感じてくださったことが共感につながっているのかなと思います。役者さんとかスタッフさんからも結構言われるんです、「博多座はすごく作品を大事にしてくれるよね」と。「ロビーの対応や売店の盛り上げ方で、一緒につくっているんだよね」と言ってもらえますよね。

――そういう行動を重ねていくことで、どんな変化がありましたか?

城戸 県外のミュージカルを愛しているお客様から、「次に遠征する時もまた博多座に来ます」とお声をいただくことはありますね。

――どうせ観るなら博多座に、という感じでしょうか。

城戸・岩戸 まさにそれです!

城戸 今、我々の意識付けとして「同じ観るなら博多座で」というのがひとつあります。遠征はやはりお金がかかるものなので、「この作品を観るなら博多座で」と思っていただけるような劇場にしていきたいんです。

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