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――さっき助成金の話がありましたが、2021年の時点で助成金の対象に「鑑賞サポート対応」はありましたか?
半田 私たちはアーツカウンシル東京に申請をしたのですが、当時は今のように別枠では用意されていませんでした。一方で、この取り組みは観客数拡充に向けてのアプローチにもなりますから、「だから助成をしてください」というアピールポイントにもなったとも思います。
高羽 申請する時、助成金を何に使うかということを書かなきゃいけないんですけど、その中に「バリアフリー、鑑賞サポートに取り組みたい」と書いた記憶はありますね。
――実際のところ、どのくらいの金額がかかるのでしょうか?
半田 以前、正規の見積もりを見せてもらったことがあるんですけど、助成金ではまかなえない金額でした。なのでパラブラさんとは、「この金額でどこまでやれるか」というところで、「カンパニーサイドのスタッフができることは」などを話し合いながら決めていきました。ただ多くの場合、特に作品をつくる演出家は、助成金が取れたら「目に見えるものにお金をかけたい」と思うものなんですよ。例えば舞台美術とか、衣裳とか。だから通常であれば、鑑賞サポートという「+α」の部分に予算を充てることはなかなか難しい考えではありましたね。
――高羽さんは作・演出という立場でもありますが、目に見えるものではなく、鑑賞サポートに予算を割くことへの葛藤はありましたか?
高羽 多少はありました。いやでも葛藤というよりは、今まですごく少ない予算の中でタカハ劇団の作品に関わってくれたスタッフたちに、助成金がもらえたからといってあなたたちのギャラはそんなに上がらないかも、みたいなことのほうですよね。それをやることで仕事も増えますし。そこを理解をしてもらうことが大事だなっていうのはありました。お金の使い方に関しては、うちの場合は劇団員がいないので、私が主宰で半田さんに予算を組んでもらって、っていう最小単位の人間で決められるんですよ。だから赤字が出たらなんとか私ががんばるか、みたいなことでサクッと決められちゃうのはやりやすいです。
――金額面はじゃあ、パラブラさんとも相談して調整されたんですね。
高羽 そうですね。うちはパラブラさんとTA-net(特定非営利活動法人 シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)さんにも協力してもらってやっているのですが、両社のご理解があって、お互いに「未来に対する投資」ということで、内部で調整していただいた部分はあると思います、実際のところ。
半田 小劇場の予算だとどうしてもこれ以上サポートに割ける金額を増やすことは難しいというラインはあるので、パラブラさんとそこを話して、例えば「外注しなくてもやれることってなんでしょう?」の方向に考えをシフトしていっている部分はあります。例えばタブレット端末でも、ハードは貸してもらうけど、中身は私たちが台本を流し込めるような仕組みをパラブラさんが作ってくださいました。タブレットのオペレーターも、タカハ劇団の公演ではうちのスタッフがやっています。それができると、パラブラさんのスタッフにお願いして1日いくらということろが節約できる。それ以外にもいろいろな仕組みを提供していただいています。パラブラさん的にはもちろん収益のこともあると思うんですけど、「外注しなくてもできることはありますから、できる範囲で対応してください」と言ってもらえるようにはなってきています。
――じゃあこの2、3年で、導入がしやすいシステムになっているのですね。
半田 でもそこはあまり知られていないのかなって思います。そこまで手が回らないよっていう制作さんもいると思うし。だからもっと私たちも情報開示だったりワークショップだったりをして、導入のハードルをどんどん下げていけたらなと考えています。
高羽 多分、小劇場でできるっていう発想がそもそもないですしね。びっくりされるんですよ、「できるの?」みたいな感じで。案外できますよって。「できるできる、やんなよやんなよ。紹介するから」と言っていきたいです。
――ちなみにですが、現在はアーツカウンシル東京では「鑑賞サポート」に対する助成が別枠でありますが、半田さんも掛け合ったそうですね。
半田 けっこう言いました。アーツカウンシル東京ではフィードバックの会があるので、その時に「こういうのがあったほうがいい」とか「別枠にしてほしい」とか。
高羽 劇作家協会経由でも伝えました。別件で東京都から呼ばれた時に、ずっとバリアフリーの話をしたりして(笑)。
――(笑)。でもそれが伝わって。
高羽 はい、すごく早く反応していただいたと思います。その件でパラブラさんにも全部正当に金額を出したらいくらかかります予算書っていうのを作ってもらって、東京都に提出しました。その時はもうタイミング的に翌年度の予算計画みたいなのが決まっていたのですが、別枠で10万円っていうのを作ってくださって。でもこれね、そんなに使われてないみたいなんですよ。使ってほしいです。使われないとなくなっちゃうと思うので。
――どうして使われないんでしょうか。
高羽 知らないのもあるかもしれない。助成金のことってそんなに広報はされないので。
半田 使い方がわからないっていうのもあるかも。でもみんなが利用して助成の予算を使い切るくらいのことをしていきたいなと思っています。
――多分、これまで使っていなかったことに予算を使うというのはネックになると思うのでもう少しだけ聞きたいのですが、小劇場の規模で助成なしで予算に組み込むことは難しそうですか?
半田 現状では助成なしでは無理かなと思っています。正規の金額を見ると、小劇場ではちょっとなかなか厳しいかな。そのぶんのチケットが売れれば、費用対効果という意味で成立しているってことになると思うんですけど、小劇場ではなかなか。総動員数が1000とか1500とかだと、10%の方が来てくれてやっと、みたいな感じかな。
高羽 10%来たらすごいよね。
半田 はい、そうなるので。なかなか難しい道のりだなと思っています。その点で、商業演劇の人たちにがんばってほしいなという思いはあります。
高羽 というのも、鑑賞サポートサービスにかかるマックスの費用って、小劇場だろうと大劇場だろうとそこまで変わらないと思うんですよ。劇場費とかは劇場のサイズが大きくなればなるほどかかりますけど、そういうものではないので。そう考えると、費用のパーセンテージは、公演の規模が大きければ大きいほど下がっていくので、それは本当にがんばってほしいなというのがある。
半田 だからそこは地固めとしてタカハ劇団でもがんばっていかなきゃなと思っています。
高羽 あとはやっぱり行政というか、助成を司る人たちへの働きかけってもちょこちょこやっていて。とにかく手弁当でできるようなことではないですっていうことと、私自身はこれはお金が儲かるからやるというのとは全く違う取り組みだと思っているので。要は社会福祉なので、もっと国が事業として積極的に取り組んでいくべきだなと思っている。まだ助成の金額は安いですけど、舞台制作にかかるお金とは別に鑑賞サポートにお金を使えるっていうことは今少しずつ始まっているので、それがもっと使いやすく金額も潤沢なものになれば、お金の面はクリアできると思います。
――鑑賞サポート付きの公演を重ねてきて気付いたことはありますか?
半田 メニューの組み合わせによって利用者が増えるとかはけっこうわかってきました。今のところ、「事前舞台説明会」と「舞台手話通訳」と「音声ガイド」があると一番いいのかなと思っています。『おわたり』(2023年)は事前舞台説明会はしたのですが、舞台手話通訳と音声ガイドがなかったので参加者が減ったのだと実感しました。
高羽 舞台手話通訳って、字幕タブレットとか事前舞台説明会に比べて歴史が長いんですよね。だから手話通訳を頼りに演劇を観るという文化自体がある気がします。それによって、利用する人たちの繋がりもあるし、舞台手話通訳者さんにファンがついていたりもするので。やっぱりそこがあるのとないのとでは全然違いますね。あとは中途で聞こえなくなった人は舞台手話通訳だけ見てもわからなかったりするので合わせ技が使えるほうがいいとか、いろんなことがわかってきました。あと、『美談殺人』の時は字幕付きの映像配信をやったんですけど、字幕付きのほうを買ってくださる方がすごく多かった。
半田 字幕なしと半々くらいでしたよね。
――毎回、駅からの移動サポートもありますが、利用される方は多いですか?
半田 そこは1~2名ですかね。
高羽 移動については慣れている方もいらっしゃいますし、公共交通機関のサポートも整っていますから。移動に関するサポートは社会的に充実しつつあるというのはあるかなと思います。
半田 あと介助者無料というサービスもあるので、介助者が一緒に移動しているというのもあるかもしれないです。
――お客様からはどんな反応がありましたか?
高羽 そういうことはあるだろうなと思ってやっぱりそうだったのは、健常の方の中には、鑑賞サポートサービスのある公演を避ける方がいるということでした。「気が散るかも」とかそういう部分で。ただ結果的に「そう思っていたけど、観たらすごく自然に演出の中に溶け込んでいたので観やすかった」とか「新しい発見があった」とかポジティブな感想をもらうことが多かったです。
――どうして意見がひっくり返ったんでしょうか?
高羽 舞台手話通訳者の位置を固定しないというのがとても大事なのかなと思っています。芝居にちょっと絡ませたりとか、お芝居の変化に合わせて演技として動いてもらう。「同じ作品の中にいる人ですよ」ってすることに大きな効果があるだろうと思ってやってはいたんですけど、実際に効果がありましたね。
――ちなみに気が散るっていうのは、いないはずの人が舞台上にいるのが気になるのでしょうか。
高羽 それもですし、人間心理として、自分より手厚く扱われている人がいる気がすると不満を感じる人がいるっていうのもあるのかなと想像します。なんかあの人たちばっかり丁重に扱われているなと思うことで疎外感を感じることがあるんですね。そもそも凹んでいる部分を引き上げて同じにしている作業ではあるのですが、人間はわからなくなっちゃう時がありますから。
――たしかにそれは劇場に限らずいろんな場面であることですね。
高羽 ありますよね。でも一回観てみると全然そんなことはないことがわかるはず。むしろ舞台上にある情報量がシンプルに増えるのでトクするくらいなので。
――ちなみにタブレットが光ることに対しての抵抗はあったりしますか?
高羽 それはお客様からは聞いてないんですけど、我々が「暗転中は大丈夫なんですか?」と聞きました。パラブラさんは「大丈夫だと思いますけどね」って言うんだけど「ほんとですか?」みたいな。実際、劇場で見たら全然大丈夫でしたね。お客様に対しては、客入れ中のアナウンスに「今日は字幕タブレットを見ている人がいます」ということをちゃんと伝えておくっていうのが大事かな。鑑賞の妨げにはならないですよっていう事前の周知はとても大事です。
――サポートが必要な方々にとってタカハ劇団の作品が観劇の選択肢に入った実感はあったりしますか?
半田 あります。『美談殺人』を観てファンになってくれて、『おわたり』、『ヒトラーを画家にする話』と観に来てくださいました。それはサポートがあるから楽しめるっていう理由もひとつあるんですけど、シンプルにそれが作品に触れるきっかけになって、次は「高羽さんの作品が観たい」になる。本来私たちは作品を楽しんでもらってなんぼなので、真髄に近づいてきたなと思います。
高羽 ただそもそも観劇の習慣がないという方も多いので、そういう意味での浸透はまだまだこれからだなと思います。自分が観劇できると思っていないっていう人がまだまだたくさんいるとは思います。
――長い道のりになりそうですか?
高羽 いや、でも思っていたより早いかも。タカハ劇団が約3年でここまでたどり着けたというのもあるし、助成金のシステムも2023年度から変わったし、スピードが早いなと感じています。それは社会全体がなんとなく、手話話者が出てくるドラマが近年多く制作されていていたりとか、合理的配慮が義務になったみたいなところもあって、追い風になっているなということは感じていますね。
――タカハ劇団として進めていこうとしていることはありますか?
高羽 お子さんがいる方とか外国語の話者の人に対して間口を更に広げることをしていきたいです。あとは作り手側にいろんな特性を持つ人たちが参加できるようになるっていうのがまた次の段階なのかなと思っています。
――外国語に関しては、タブレットが浸透さえすればかなりスピードが早いように思いますが。
高羽 ね。取り入れやすいですよ。翻訳さえしてもらえれば(笑)。
――そっか。それがかなりお金と時間がかかりますね。
高羽 だから新作だと結構難しいかもみたいなこともあるんですけど、それこそ(インバウンドなどで)商業的なメリットがある取り組みだと思うので、これは大きな会社の人たちも手がつけやすいかもしれないなって思うんです。それができれば、海外に配信することもそのままできるので良いんじゃないかとは思いますけどね。
――たしかに!
高羽 あとこれはまだ全然答えは出ていないんですけど、気になってるのは、車椅子のお客様の席の選択肢がすごく少ないことです。どうしても上手寄りとか下手寄りとかの後ろのほうになってしまう。鑑賞サポートサービスで大事なことは選択肢を増やすことなんですよね。健常の人たちより選択肢が極端に少ないっていう中で、どうやって選択肢を増やそうっていうときに、どの席に座るかって結構大きなことだなとは思うので。
――私たちも席が選べる公演だと嬉しいですからね。
高羽 そうなんですよ。あれが全然できないことが多いから。
――以前、半田さんが「タブレットならいつでも貸し出せますよってなったらいいな」とおっしゃってましたけど、それも選択肢を増やすことに繋がりそうですね。
半田 そうですね。今は鑑賞サポート付きの公演は決まった日に行っているんですけど、そうなるとお客さんの行ける日程の選択肢が限られてしまうので。タブレットが常にあって、「今日は鑑賞サポートの日じゃないけど字幕のオペレーティングができる制作スタッフがいるからやっちゃいましょうか」みたいなのが理想です。
――制作の中で、取り入れてよかったなと感じることはありましたか?
高羽 役者の顔つきが変わります。今の段階だと、鑑賞サポートサービス付きの公演に出演した経験がある人はすごく少ないので、多分この経験の中で、その人の中の「観客」というものの概念が変わる瞬間があるんです。稽古場に手話通訳者がいるというだけでも違うし、事前舞台説明会でお客様から手を叩く拍手ではなくい手話の拍手をもらう瞬間もそうだし、「あ、今この人の中で価値観が大きく変わったんだ」とあからさまにわかる(笑)。「届けたい!」みたいな気持ちがパッと強化されるんですよ。それを経験すると、もっとやりたいとか、もっといろんな人に見てほしいみたいな、前向きなエネルギーが生まれる人がすごく多い。それはおもしろいです。
半田 今の話に付随するところで、制作としては、そのために役者さんやスタッフさんに協力してもらわなきゃいけないことが増えるので、そこを理解してもらうために「作品を観に来てくれる人に届けたいんだ」という気持ちを丁寧に伝えることは大切にしています。きちんと私や高羽さんの口から伝えるようにすることで、その先の表現ができるようになるというところはあるかなと思っているので。あと、お客様的な話で言うと、観劇後の感想会みたいなものをパラブラさんやTA-netさんが用意してくださって。
――感想会とは?
半田 タブレットや舞台手話通訳を利用した方が集まっての感想会を毎回実施してくれているんです。そこで語られることが徐々に、「字幕タブレットを使ってみてどうだった」とか「舞台手話通訳がどうだった」とかじゃなく、「作品のここがおもしろかった」とか、「こういう考察をしている」とか、そっちのほうにシフトしてきているんですね。それってすごく嬉しいことで。最初の頃にそこで話されていたような“見づらいところ”“使いづらいところ”が減って、お客さんがシンプルに作品を楽しめる域に達したということだと思います。とても嬉しいなと思いました。
――表現の話で言うと、例えば高羽さんの作品では手話通訳者が参加されることが多いですが、表現に関わることなので、普通の手話通訳とは違いますよね?
高羽 そうですね。例えばニュース映像とか政治家の演説の横にいる方と、舞台手話通訳の方はまったくもって違う職能だと考えたほうがいいと思います。手話ってどうしてもローコンテクストなものなので、表現しきれないものがたくさんあるんですけど、それをどういうふうに取捨選択するかは翻訳家に近い作業になります。俳優の感情表現についても、手話を頼りに観る方は、基本的に手話通訳者を見て舞台を理解することが多いので、その役者の演じ方の特徴であったり、どう役づくりをしているのかまで手話通訳者が理解している必要がある。だから稽古場から一緒に舞台手話通訳をつくっていくことになるので、そのぶん拘束時間も長いし、かかる負担も大きい。通訳って普通は途中で交代したりするんですけど、うちに関しては申し訳ないが全部やってもらいました。それは途中で交代してしまうと、ストーリーや演技の流れが途切れてしまうというのがあるから。そういう意味で、舞台手話通訳者はかなり大変ではあります。そこでの第一は、観客がどういうふうに楽しみたいかということです。「なるべく耳が聴こえる人たちと同じように、同じタイミングで笑って同じタイミングで泣いてっていうことをしたい」という思いに応えたい。台詞がわかればそれでいいかっていうとそうじゃない。だったら台本を読んで終わりでいいじゃんってなってしまう。いいエンターテインメントとして、質の高いものをつくろうという考えで、ちょっとずつみんなで無理してやっています。
――最後にアクセシビリティに関して、演劇界で取り組んでいけたらいいなと思われるところはありますか?
高羽 ひとつ、チケットを買うのがとても難しいというところはあります。現状のシステムのほとんどが、目が見えなかったらどうやって買うのっていうところがあるので。当日券も、車いすの方だったり杖を突いている方が当日券の列に並ぶのは大変だったりしますしね。各劇団のHPとかも音声読み上げに対応していないようなつくりだと届かない情報があります。だから「チケットを買う」ことへのハードルが今はすごく高い。そこはチケットを売るプレイガイドさんたちのご協力がすごく必要だなと感じています。
――現状、タカハ劇団さんはどうやってチケットを売っているのですか?
高羽 うちはパラブラさんの窓口に集約しています。ただこれだとなかなかお客さんは増えづらいんですよね。
半田 私は、劇場に常設の機械(タブレット端末や発信用のPCなど)があればありがたいなと思います。劇場自体にその設備があれば、機材のレンタル費用がカンパニー負担じゃなくなるので、それだけでも私たちは助かります。あとは劇場さんに、一人でもいいのでバリアフリー担当の専門のスタッフがいてくれると非常に安心だなと感じます。なにかがあったとしても対応してくださる方がいれば嬉しいです。
取材・文/中川實穗