シリーズ:劇場のホスピタリティ 「劇場案内スタッフを育てる仕組み」

東京芸術劇場やKAAT神奈川芸術劇場、帝国劇場、パルコ劇場など、関東のさまざまな劇場に受付・案内スタッフを派遣する株式会社ヴォートル。劇場に、当たり前のように存在するスマートな受付・案内を請け負うプロ集団が、お客様の観劇環境向上にどう取り組んでいるのか。取締役・八尋久枝さん、マネージャーの荒明由香さんにお話をうかがいました。

〇現在の基礎が築かれるまで

――ヴォートルさまはさまざまな劇場と契約し、劇場スタッフを派遣されていますが、スタッフにはどのような教育をなされているのでしょうか?

荒明由香(以下、荒明) 劇場スタッフには、業務の基本教科書「おすみ帳」を渡し、「接遇教育」を受けてもらいます。

――「おすみ帳」とはなんですか?

荒明 劇場スタッフの一日の流れや専門用語、こういうところを気を付けて準備をするんですよというような、初心者がイメージしやすいものを冊子として作っています。これを入社時に全員に配っています。

八尋久枝(以下、八尋) もともとはコピー用紙の簡単なものだったんですけど、どんどん増えていって冊子になりました。

――この「おすみ帳」と「接遇教育」が基礎になるわけですね。接遇教育はどういったものですか?

八尋 こういう項目を3日間使って教えます。

――これは演劇の劇場だけのものですか?

荒明 いえ、コンサートホール、クラシックホールも含めた、弊社がスタッフを派遣する全てのジャンルのです。弊社ではチケットセンターの対応も行っているので、それはまた別ですが、現場で接客するスタッフは、この3日間の研修を終えないと現場には出さないというシステムにしています。劇場をお借りして指導する研修もこの中には含まれています。

――こう見ると、ペンライトでの誘導とか、扉の美しい開閉とか、当たり前のように触れているなものは教育の賜物なんだなと思いました。3日間の研修って長い気もするのですが、最初からですか?

荒明 いえ、数年前までは1日でした。弊社で演劇の現場が増えてきたときに、クラシックとは違うことをちゃんとやらないといけないよねということで、細かく、数年かけて改訂していった歴史があります。

八尋 東京芸術劇場でのお仕事が始まったことが大きいです。その要求の高さはカルチャーショックでした。それまで私たちはクラシックホールがメインで、クラシックは演奏中も場内は明るいので案内するにも見えていますし、お客様は「舞台を観る」というよりは「音を聴く」ためにいらっしゃっているので、移動するにも演劇ほどかがんで小さくなるということはなかった。遅れて来られたお客様が入るタイミングも、曲の間であるとか割とハッキリしていますしね。だけど演劇だとそうはいかない。それに、毎回主催者さんのご要望に応じてみたいなところもありますから。そこで最初の研修がだんだん増えていったところがあります。

――要求は高かったですか?

八尋 そうですね。リニューアルのために休館している時期に劇場内での事前研修みたいなものできたのですが、それを劇場の方が見に来られて、「こういうところもできてなきゃだめよ」と言われたりもしました。あの時期にだいぶ鍛えられました。それで準備して「これでよし」と思って始まったんですけど、最初の公演でもう「ここができてない」と指摘されたりしてね。

――スタッフの方から指摘されるのですか?

荒明 お客様からのほうが記憶に残っていますね。それを改善するためにカンパニーさんとお話をしたりしていました。

八尋 改装で客席の位置も変わったので見切れがまだ固まっていなくて、「この席はこの部分が見えない」とか検証したりもしましたね。

――見切れ席についてもヴォートルさんが関わられるのですね。主催側が管理しているのかと思いきや。

八尋 もちろん主催の方も事前に確認はしているんですけど、全ての席に座ってみるというのがなかなか難しいので。やはり実際にお客様が座ると「そこもだったか」ということが出てきて、「じゃあこうしよう」みたいなことはありました。

――その情報共有の窓口になるんですね。

八尋 そうですね。やはりお客様は私たちに伝えてくださることが多いので。

――例えば同じ東京芸術劇場でもシアターイーストやウエストだと座席配置がその都度違ったりしますよね。そこでフレキシブルな対応も求められそうですが、そういうものはカンパニーと話し合うのですか?

荒明 事前にカンパニーさんや芸劇のスタッフさんと打ち合わせをする中で、基本的なルールみたいなものが決められます。ただ、それを守って初日をやってみると、なんかうまくいかないなってこともあります。それで、「ここを通るのはダメだと言われていたのですが、本当にダメですかね?」と交渉したりとか、「こっちからだったらいいですかね?」とか相談をさせていただいたりしながら、対応を整えていきます。事前にシミュレーションももちろんするのですが、なにかあった時に「どうしたほうがいいですかね?」というやり取りは大事かなと思っています。

――シミュレーションはゲネプロ中とかにやられるのですか?

荒明 ゲネプロの時は観るに徹していますね。

八尋 遅れたお客様を入れるタイミングとか、もちろん事前に台本で確認はしているんですけど、「この台詞が来たら扉前で準備」みたいなことがわかるように、その前後のシーンを知っておいたり、きっかけの目安になるようにストップウォッチを持ってタイムを取ったりもしています。

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