シリーズ:劇場のホスピタリティ 「小劇場で取り組む鑑賞サポート」


〇制作の中で感じるメリット

――制作の中で、取り入れてよかったなと感じることはありましたか?

高羽 役者の顔つきが変わります。今の段階だと、鑑賞サポートサービス付きの公演に出演した経験がある人はすごく少ないので、多分この経験の中で、その人の中の「観客」というものの概念が変わる瞬間があるんです。稽古場に手話通訳者がいるというだけでも違うし、事前舞台説明会でお客様から手を叩く拍手ではない手話の拍手をもらう瞬間もそうだし、「あ、今この人の中で価値観が大きく変わったんだ」とあからさまにわかる(笑)。「届けたい!」みたいな気持ちがパッと強化されるんですよ。それを経験すると、もっとやりたいとか、もっといろんな人に見てほしいみたいな、前向きなエネルギーが生まれる人がすごく多い。それはおもしろいです。

半田 今の話に付随するところで、制作としては、そのために創作過程で役者さんやスタッフさんに協力してもらわなきゃいけないことが増えるので、そこを理解してもらうために「作品を観に来てくれる人に届けたいんだ」という気持ちを丁寧に伝えることは大切にしています。きちんと私や高羽さんの口から伝えるようにすることで、その先の表現ができるようになるというところはあるかなと思っているので。あと、お客様目線で言うと、観劇後の感想会をパラブラさんやTA-netさんが用意してくださって。

――感想会とは?

半田 タブレットや舞台手話通訳を利用した方が集まっての感想会を毎回実施してくれているんです。そこで語られることが徐々に、「字幕タブレットを使ってみてどうだった」とか「舞台手話通訳がどうだった」とかじゃなく、「作品のここがおもしろかった」とか、「こういう考察をしている」とか、そっちのほうにシフトしてきているんですね。それってすごく嬉しいことで。最初の頃にそこで話されていたような“見づらいところ”“使いづらいところ”が減って、お客さんがシンプルに作品を楽しめる域に達したということだと思います。とても嬉しいなと思いました。

――表現の話で言うと、例えば高羽さんの作品では手話通訳者が参加されることが多いですが、表現に関わることなので、普通の手話通訳とは違いますよね?

高羽 そうですね。例えばニュース映像とか政治家の演説の横にいる方と、舞台手話通訳の方はまったくもって違う職能だと考えたほうがいいと思います。手話ってどうしてもローコンテクストなものなので、全てのセリフを詳細に直訳するみたいなことは難しいのですが、そういったなかでどう情報を取捨選択するかは翻訳家に近い作業になります。俳優の感情表現についても、手話を頼りに観る方は、基本的に手話通訳者を見て舞台を理解することが多いので、その役者の演じ方の特徴であったり、どう役づくりをしているのかまで手話通訳者が理解している必要がある。だから稽古場から一緒に舞台手話通訳をつくっていくことになるので、そのぶん拘束時間も長いし、かかる負担も大きい。通訳って普通は途中で交代したりするんですけど、うちに関しては申し訳ないが全部やってもらいました。それは途中で交代してしまうと、ストーリーや演技の流れが途切れてしまうというのがあるから。そういう意味で、舞台手話通訳者はかなり大変ではあります。そこでの第一は、観客がどういうふうに楽しみたいかということです。「なるべく耳が聴こえる人たちと同じように、同じタイミングで笑って同じタイミングで泣いてっていうことをしたい」という思いに応えたい。台詞がわかればそれでいいかっていうとそうじゃない。だったら台本を読んで終わりでいいじゃんってなってしまう。いいエンターテインメントとして、質の高いものをつくろうという考えで、ちょっとずつみんなで無理してやっています。

『おわたり』の事前舞台説明会の様子

〇演劇界全体で取り組んでいきたい具体的なアイデア

――最後にアクセシビリティに関して、演劇界で取り組んでいけたらいいなと思われるところはありますか?

高羽 ひとつ、チケットを買うのがとても難しいというところはあります。現状のシステムのほとんどが、目が見えなかったらどうやって買うのっていうところがあるので。当日券も、車いすの方だったり杖を突いている方が当日券の列に並ぶのは大変だったりしますしね。各劇団のHPとかも音声読み上げに対応していないようなつくりだと届かない情報があります。だから「チケットを買う」ことへのハードルが今はすごく高い。そこはチケットを売るプレイガイドさんたちのご協力がすごく必要だなと感じています。

――現状、タカハ劇団さんはどうやってチケットを売っているのですか?

高羽 うちはパラブラさんのお問合せ窓口に集約しています。ただこれだとなかなかお客さんは増えづらいんですよね。

半田 私は、各劇場に常設の機械(字幕や音声ガイド配信の機材)があればありがたいなと思います。劇場自体にその設備があれば、機材のレンタル費用がカンパニー負担じゃなくなるので、それだけでも私たちは助かります。あとは劇場さんに、一人でもいいのでバリアフリー担当の専門のスタッフがいてくれると非常に安心だなと感じます。なにかがあったとしても対応してくださる方がいれば嬉しいです。

左から半田桃子さん(株式会社momocan)、高羽彩さん(タカハ劇団)

タカハ劇団

高羽彩が脚本・演出・主宰をつとめるプロデュースユニット。2005年、早稲田大学にて旗揚げし、大学内外より高い評価を得る。日常に普遍的に存在しているちいさな絶望や、どんな壮絶な状況でも変わることのない人間の些細なあり方、生き方を笑い飛ばしながらすくい取る、リリカルでクールな作風が特徴。

株式会社momocan

クリエーター・俳優とより風通しのよい環境での創作活動を行い、そして多岐に渡るジャンルの作品を幅広く世に送り出せるチームを目指し小劇場運営のサポートから商業演劇の制作進行まで多方面で業務を担う。舞台制作とマネージメントを並走して行うことで、日本のカルチャーを牽引する俳優やクリエイターを応援・輩出していくことが、大きな目標。

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